出典 https://www.maff.go.jp/index.html
Ⅰ. はじめに
「日本料理」は、悠久の歴史と固有の文化、自然などを礎として、多様な季節の食材、器、しつらえ、おもてなしの心などとともに発展してきたものであり、その美術、芸術を細部まで突き詰める精神性と「型」や「間」を重んじる独特の美学を持った日本文化の粋であり、日本の美の象徴である。
その季節感や空間の美と併せて料理を五感で味わい、総合的に客をもてなす日本料理は、料理そのものを超えた総合的な技術と文化(Culinary art and culture)の結集として、世界的にも非常に高い評価を得ており、各国の料理にも大きな影響を与え、広く取り(採り)入れられている。
このように「日本料理」は世界的に保全する価値を有する文化となっていることから、その発祥の地である日本から保護する活動を早急に行っていくことが求められる。
Ⅱ.日本料理の定義と特徴
1 日本料理の定義
日本料理のユネスコ世界無形文化遺産への登録に際しては、油の少ない調理法や出汁、旪の食材など健康面の価値も含めた料理に止まらず、独自の精神性と美学を根幹に据え、調理から盛り付け、配膳やもてなしの空間まで美しく整えられた料理技術及び作法等の全体を文化として捉えた名称とすべきである。したがって、日本料理の特色と文化的要素(粋:すい)を全て持つ名称として、個人の人生や集団生活における大切な節目において供せられる「儀礼のもてなし料理」の総称「会席(かいせき)料理」が相応しいと考えられる。
したがって、ユネスコ世界無形文化遺産への日本料理の登録名称を「日本の会席文化」と定義し、英語名称については、外国人に正確に理解されるよう「Japanese culinary art and culture」と定義する。
2 日本料理の特徴
(1)
総論
他の国々の料理と比べ、日本料理の特徴としては「出汁のうま味を基本にすること」、「季節感を尊重すること」、「地域の素材を大切にすること」、「素材の味を引き出すこと」、「健康に良いこと」などを挙げることができる。
(2)
優れた技術と独特の思想
基本である「五味五色五法(ごみごしきごほう)」の定式をはじめ、素材の味を最大限に活かし、繊細な味覚に応えた調理、盛り付けに特徴を持つ。また、容器のサイズや器に対する料理の割合が、科学的に見ても味わうのに最も適したサイズに定められた「寸法」をはじめ、「料理」の字義のとおり土地・場所・季節・相手を「はかり定める」思想があり、根本的に料理に対するベースが諸外国とは異なる。
(3)
高い精神性と文化性
日本料理の根底には、8 世紀末に始まる平安時代の貴族の社交儀礼の中で発達した宴会(大饗)料理に端を発し、1200
年にわたって京料理を中心に発展してきた食文化の歴史の中で育まれた日本人の精神性が脈々と流れている。それは自然を敬い、ありのままを受け入れ、五感で味わおうとする姿勢や、作り手が受け手のために最高の努力と奉仕をするもてなしの心「もったいない(mottainai)」という言葉に表れており、さらに、「取り合わせの美」や「余白の美」といった美に対する独特の感性や、異なる文化を取り入れながら日本的なものに昇華したり、各地の郷土料理を取り入れたりする包容力にも示されている。
このように、日本人の高度な精神性と文化性を食で表現したものこそが「日本の会席文化」ということができる。
(4)
口承に基づく伝統及び表現並びに社会的慣習
日本料理の中でも特に「日本の会席文化」は、四季折々の食材を、その日の天候や会食の目的、客の好みを汲み取った上で調理するとともに、同じもてなしの心で室内の生け花や掛け軸などの装飾をしつらえ、花々や古典に着想を得た文様を施したテーブルや椀、皿、箸などの食器を選び供することで、美食を食する満足よりも、この日この時この場所で主と客がともに最上の時間を過ごすことに絶対的な価値を見出す「日本の社会的慣習」である。
それは子供の誕生、成人、結婚、還暦といった個人や家族の祝祭をはじめ、正月や節句などの伝統的な年中行事のほか、雪、月、花を最も美しい時節に愛でる鑑賞の時など、個人的若しくは社会的儀礼や祭礼、習慣の中の大きな要素と位置付けられている。また「日本の会席文化」は、長年の経験で培われ口承された栄養学的配慮がなされるとともに、食材そのものの名称や形状、成育過程から想起された、例えば祝いの席での「めでたい(鯛)」、「よろこぶ(昆布)」、「かずのこ(数の子、婚礼の際に多産を願う)」などの「言い習わし」をし、それを共有することで個人の感情や思考に訴え、場の雰囲気をその目的に沿った一層の盛り上げに導くという「口承による表現」が特徴となっている。
(5)
伝統文化との関わり
日本料理の歴史を踏まえると、以下の4つの流れに分類することができる。
会席料理は、その目的やケースに応じて「有職料理」、「精進料理」、「懐石料理」の形式を基本としながらも、さらにこれに料理人の創造性と美意識やもてなしを含めて提供される。また、料理だけでなく華道や香道、日本舞踊や伝統音楽なども会席料理の重要な構成要素として提供される。
一方「おばんざい」は、これらの料理と日本人の食文化に対する感性を共有するものの、日常食であることから、今回の提案においては儀礼のもてなし料理である会席料理を基本として捉えることとする。
有職料理
平安時代の貴族の社交儀礼の中で発達した大饗料理が、公家風の料理形式として残った物である。膳の数・形式で分限思想を視覚的に表現する本膳料理に発展。 銘々膳及び飯・汁・菜・香の物の 4 点(一汁三菜)からなる日本料理の様式と基本型を備え、包丁の扱い・献立・料理の盛り方、並べ方、食べ方に至るまで包括するルールが整理されている。但し、現在「有職料理」と言われている物は、本膳料理などの影響も受け、平安時代当時そのままの様式ではない。また、本膳料理を有職料理に含める定義もある。
精進料理
宗教的なタブーに規制された粗食から、限られた材料で贅を尽くす発展を遂げた野菜海草料理。煮物や出し汁、細やかな舌の感覚や視覚的なあつらえに工夫を凝らし、日本料理に独特な繊細さ・創造性をもたらしている。
大饗(だいきょう/おおあえ)料理
長屋王邸出土木簡などから、奈良時代には既に貴族社会で接待料理が成立していたことが伺えるが、その具体的な形式は不詳である。それが発達した物が「延喜式」神祇項目に出てくる「神饌」と思われ、春日大社の神饌や、談山神社の「百味御食」(ひゃくみのおんじき)などに、その形式を残していると考えられている。
平安中期になると、貴族の中でも皇族、摂関家、それ以外の貴族の序列は動かしがたい物となり、その接待の形式として「大饗」が定められる。唐文化の影響を受け、「台盤」と呼ばれるテーブルに全料理を載せたり「唐菓子」など渡来の料理も添えられるなどの献立の多さもさることながら、食べる側にも食べ物の種類ごとに細かい作法が要求されたことが『内外抄』や『古事談』の記述から分かり、現代人から見ると大変堅苦しい物だったようである。
出汁を取る、下味をつけるなどの調理技術が未発達で、各自が塩や酢などで自ら味付けをしていた。珍しいものを食べる事によって貴族の権威を見せつけ、野菜を「下品な食べ物」とみなして摂取しなかった事や、仏教の影響で味の美味いまずいを口にする事をタブー視していたことから、栄養面から見るとかなり悪い食事であった。
「大饗」には少なくとも「二宮大饗」と「大臣大饗」の2形式が存在していた。
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