神代一之巻【神世七代の段】本居宣長訳(一部、編集)
口語訳:次に生まれた神の名は、国之常立の神という。次に豊雲野の神、これらの神もいずれも単独の神で、そのまま隠れた。
國之常立神(くにのとこたちのかみ)。名前の意味は天之常立の神に準じて考えればよい。【「常立」について世間で言われている説は、すべて不適切である。】
この名を「の」の字を省いて「くにとこたち」と読むのは間違いである。【書紀では「之」の字が省かれているが、それは書紀の常として簡約な記述を選んだためで、多くは「の」を添えて読むように書かれている。ところが後世には、古言をよく調べるものとも思わず、文字面と理屈だけで理解しようとするので、こうした読み方も漫然としたものになったのである。そもそも神の名は特別に謹んで、少しも誤りなく伝えるべきではないか。この記に訓注を加え、声の上下も丁寧に示してあるのを考えよ。この神を天御中主の神と同神であると説くなどは、例の強説の中でも特に甚だしい誤りである。それ以外にも、この神については漢意をもってさまざまうるさく論じられているが、みな取るに足りない。】
書紀には「國常立尊、次國狹槌(クニのサヅチ)尊、次豊斟渟(トヨくむぬ)尊」とある。この記の伝えとたいへんに違う。【この記では、「国之狭土の神」は別の段に出る。】
この国之常立の神から伊邪那美の神まで十二柱の神が誕生した由縁は、前述の阿斯訶備比古遲、天之常立二柱の神は天の始めとなった葦芽によって生まれたので、天神である。【その理由は既に述べた。】国之常立の神以下は、例の「浮き脂のようなもの」の【天になるべきものが萌え騰がった後に残り留まった部分。】地になるべきものから生まれた。その理由は、書紀の一書に「又有レ物レ若2浮膏1、生於2空中1、因レ此化神號國常立尊」とあり、天之常立に対して国之常立という名も地に因んでいるからである。だから上記に「浮き脂の如く漂える」とあるのは伊邪那美の神までに係る語であって、国之常立の神以降は、みなこの物から生まれたことは自然に分かる。【「浮き脂の如く云々」をこう考えるなら、国之常立の神の直前に言うべきなのに、初めに言ったのはなぜかと言うと、例の「葦芽のようなもの」もその中から生まれて萌え上がったからで、それを最初に言わなくてはならなかったのである。国之常立の神のところで言わないのは、もうすでに言ってあるからだ。既に言ったことをここでもう一度言ったら、話の運びとして拙いだろう。改めて言わなくても「何々の時」という言葉は以下に広く及ぶので、自然にそれと分かるはずである。天之常立の神で前段を終えているので「次に」と言えば、それに続くのが当然だ。】
しかし一概にそうとも言い切れない面があり、書紀に「天地之中生一物状如葦牙、便化爲神、號國常立尊、次國狹槌尊、次豊斟渟尊(アメツチのナカにアシカビのゴトクなるモノなれり。スナワチかみとナリキ。なはクニのトコタチのミコト。つぎにクニのサヅチのミコト、つぎにトヨくむぬのミコト)」、また一書に「國中生物状如葦牙之抽出也、因レ此有化生之神號、可美葦牙彦舅尊、次國常立尊(クニのナカにアシカビのごとくヌキデタルものナレリ、コレにヨリテなれるカミのナは、ウマシあしかびヒコジのミコト、つぎにクニのトコタチのミコト)」とあり、また一書に「其中生一物如葦牙之初生ヒジ(泥の下に土)中也、便化爲人、號國常立尊(そのナカにアシカビのヒジのナカよりオイそめたるゴトクなるモノなれり、すなわちカミとナレリ、ナは、クニのトコタチのミコト)」ともあり、これらによって判断すると、この記の意図も葦芽によって生まれた神という言葉は、国之常立の神にも係るのではないだろうか。【しかしこの神のくだりで単に「次に」と言わず「次に成れる神の名は」と改めて言ったのは、天つ神と段を分ける意味からである。】
もしそれなら伊邪那美の神まで十二柱、すべて葦牙から生まれたことになる。書紀には豊斟渟尊までこの物によって生まれたとあり、この記も豊雲野の神の後、特に区切りなく次の神へ続いているからである。【「獨神成坐而云々」の句はあるが、これは次の女男双生神との区切りに過ぎない。これを境と見て、これより下は葦芽のごときものによらないとするなら、国之常立の神の上にも区切りがあるので、この物によらないことになる。】
ただし、こう考えると国之常立の神から伊邪那美の神までの十二柱もみな天神であるはずなのに【かの葦牙は天の素材だからである。】そうでないとすると疑わしい。【もしくは同じ一つの物によって生まれながらも、初めの二柱のみ上に生まれて天神となり、続く十二柱は下の方に生まれたがために天神でないのだろうか。しかし、この段はまさに天地の別れはじめを説いており、誕生した神も二方に分かれて神名も天之常立、国之常立と明らかに分かれているので、国之常立以下の神々は間違いなく後に地となった物質から生まれたと思われる。】
こうしたわけで、この件はどちらか一つに定めがたいので、しばらく二通りの解釈を立てておく。
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