2019/12/22

イエス・キリスト(3) ~ 紀元前後のパレスチナ地方


 4世紀以降ローマ帝国ではキリスト教が認められて、やがて国教になるのでしたが、このキリスト教の成立を見ておきましょう。

イエスによって、この宗教が生まれたことは知っているでしょう。イエスは実在の人物ですよ。あまりにも伝説化されてしまって、架空じゃないかと思っている人もいるみたいだけれど。

イエスは前4年くらいに生まれて、後30年くらいに死んでいます。ローマ初代皇帝オクタヴィアヌス(アウグストゥス)と、だいたい同じ時代です。場所はパレスチナ地方。ユダヤ人が住んでいる地方です。だから、イエスもユダヤ人です。パレスチナ地方は、ちょうどイエスが幼い時にローマの属州になっているんです。今は、イスラエルという国ですね。

ということは、イエスはローマ帝国の領土で活動し死んでいった。だから、ローマ帝国でキリスト教の信者がどんどん増えていくのは、当たり前といえば当たり前なわけです。

 ローマ人の宗教は、どんなだったか。ローマ人は多神教です。基本的に、ギリシアの神々と同じ。領土が拡大するにつれて、色々な地方の神々がローマに伝わり、かれらは適当にいろいろな神様を信じている。他民族の宗教に対しても、特に弾圧することもないです。

ユダヤ人の宗教は、ユダヤ教だったね。一神教で当時の世界では特殊な信仰でしたが、ローマはそれを弾圧するようなことはしません。しかし、税は重い。ユダヤ人に重税はかけます。だからユダヤ人たちの生活は当然、苦しくなる。そんななかで、救世主=メシアの出現を待ち望む気持ちが強くなってくるんだ。ここは、ちょっと覚えておいてください。

 当時のユダヤ教は、律法主義だといわれています。簡単に言えば、宗教には形式や戒律があるわけですが、そういう戒律を厳しく守っていこうという考え方です。モーセの十戒以来、ユダヤ人たちには色々な戒律があったわけです。宗教上の戒律といっても、今の我々にはわかりにくいね。

プリントに新聞記事を載せてありますから、ちょっと見て下さい。今でもユダヤ教の信者は世界中にいるわけですが、ユダヤ人が作った国がイスラエル。その都市イェルサレムに派遣された、日本の新聞の特派員が書いたコラムです。現在でもユダヤ教徒が戒律を一所懸命守っている様子が、よくわかる。
 
「ある晩、戸をこつこつとたたく音がした。だれかと開けてみると、初老の婦人。同じアパートの住人だといい、「あなたはユダヤ人じゃないでしょう」と聞く。ガスが漏れているみたいなので、栓を閉めてほしいと言うのだ。

 そういえば、この日はシャバット。ユダヤ教の安息の日だった。火をともす作業をしてはいけないとされ、中世のユダヤ人たちは非ユダヤ教徒に頼んで火をつけてもらっていた、という話を思い出した。現代では、電気や機械を作動させることがいけないとされ、戒律を守る人々は金曜日の夜から土曜の夜にかけ、それに類する行為を避ける。車の運転はもちろんだめ。…後略…」

 安息日には、仕事をしてはいけないという戒律があるんだね。このおばあさん、自分の部屋のガスが、シューシュー漏れているんだ。自分でちょいっと栓を閉めればいいのに、戒律破りになるからできないと言うんだね。だから、戒律に関係ない日本人の新聞記者に、栓を閉めてくれと頼みに来た。

これ、現代のことですよ。2000年前の戒律重視は、どれほどだったでしょうね。
なぜ、戒律を守らなければならないかというと、神との約束だからね。破ったら救われないのです。天国にいけない。

細かい戒律がたくさんあったんだろうけれど、これをキッチリ守ることは難しいことだったに違いありません。例えば、この安息日に火をともしてはいけないとなると飯はどうやってつくったのか、ということになる。安息日でも、食事はしたいでしょ。新聞記事にもあったけれど、戒律には抜け道もあって、自分で作業をしなければいいんです。だから、金持ちはお金で人を雇って火を使って料理させて、自分は食べるだけでいい。これなら戒律を守りながら、満腹できます。

逆に貧乏人はどうか。貧しければどんな仕事でもして、生きていかなければならないよね。安息日に金持ちに雇われて、かれらのために働くのは、そんな人々だったに違いないです。

 2000年前のユダヤ人社会に戻りますが、戒律重視の律法主義が主流だった。律法主義が厳しく言われれば言われるほど、結果として貧乏人はどんどん救われなくなる。
極端に言えば、救われるのは金で戒律を守ることのできる人だけになる。

そして、ローマの支配下で重税をかけられて、貧しい人々がどんどん増えていたのが当時のパレスチナ地方です。自分は救われない、という想いがどのようなものか私には想像できないけれど、非常に絶望的な気分だったんじゃないかな。

 こういう状況の中で、イエスが登場して民衆の支持を得る。イエスが何を言ったか、もう想像つくでしょ。かれは、最も貧しい人々、戒律を破らなければ生きていけない人々、その為に差別され虐げられた人々の立場に立って説教をするんですね。

戒律なんて気にしなくてよい。あなた方は救われる、と言い続ける、それがイエスです。

例えば売春婦。売春などは戒律破りの最たるものですが、恵まれない女性が最後にたどり着く生きる手段でした。そんなことをして生きていくことそのものがつらいことなのに、おまけに宗教的にも救われないとされているんですよ。そういう女性に、イエスは「あなたは救われる」と言う。

それから、ライ病の患者。ハンセン氏病ですね。日本でも、つい最近まで科学的な根拠のない偏見が長く続いてきた病気です。ユダヤ教では、病気そのものが神からの罰として考えられていた。だから、ひどく差別されていました。イエスは、そんな人のところにもどんどん入っていく。そして「大丈夫、救いはあなたのものだ」と言う。

これが、どれだけ衝撃的だったか、人々の胸を揺さぶったか、想像力を働かせて下さい。

0 件のコメント:

コメントを投稿