2020/07/09

英雄アムピアラオス伝説(ギリシャ神話82)



「テバイ攻めの七将」、「後裔・エピゴノイによる戦い」、「アルクマイオン伝説」

 前回までの「テバイ戦争」で「テバイ攻めの七将」を見たが、その中でとりわけ有名な英雄が「アムピアラオス」となる。彼についてはソポクレスが二つの悲劇を書き、その他にも悲劇・喜劇の題材とされていたことが知られているが、残念ながらその作品は残っていない。しかし、アテナイの北のコロポンというところに「アムピラオスの神域」があり、そこは「予言」や「医療」の聖地として知られていた。

 さらに、その子アルクマイオンによって、父の復讐戦としての「第二次テバイ戦争(エピゴノイによる戦い)」が物語として続く。これらの伝承は、テバイ戦争にまつわる物語ではあるのだが、テバイを離れるので別個に扱うことにする。

 さて、アムピアラオスは、テバイ攻めを強行すれば王アドラストス一人を除いて全員が死ぬ運命にあることを予知していた。それにもかかわらず、何故彼もこの戦に加わったのか、その事情から話を始める。

 アムピアラオスは、この予知によって自分がこの遠征軍に加わることを止めようとしただけではなく、この遠征そのものをも止めさせようと説得にかかったとされる。しかし、これはポリュネイケスにとってはテバイの奪回を諦めることになってしまうわけで、そこで彼は将軍の一人であるイピスに相談をもちかけ、何とかアムピアラオスがこの遠征を承知する手だてはないものかと問うた。

 イピスはそれに答えて、アムピアラオスの妻であるエリピュレに例の首飾りを贈れば、と言ってきた。この「例の首飾り」というのは、テバイ建国の英雄であるカドモスが、神の血筋にあたる「ハルモニア」と結婚することになった時「神ヘパイストス(ないしゼウス)」から贈り物とされた絶品の首飾りであった。

 そこで、ポリュネイケスはエリピュレにその首飾りを贈り、アムピアラオスを説得させることにした。アムピアラオスにしても、そうした説得工作が行われてくるであろうことくらいは察知していたようで、妻に決して贈り物を受け取ってはならないと厳命しておいた。しかし、妻エリピュレはその首飾りに目が眩んで、それを受け取ってしまった。

 しかし何故、こんなにエリピュレが問題であったのかというと、実は彼女はアルゴス王アドラストスの妹であった。そのアドラストスとアムピアラオスが、かつて争いとなってその後和睦した折り、今後争いとなった時にはエリピュレがそれを裁いて結論を出す、という盟約にしてあったからであった。そして今、アドラストスはテバイ遠征を主張し、アムフィアラオスが反対の立場に立っていたわけで、その採決が彼女に託されることになっていたわけであった。

 エリピュレは、出生すれば夫のアムフィアラオスは死の運命を避けられないということを知っていながら、首飾りに負けて夫を裏切り売ってしまったのであった。

 こうしてアムピアラオスは、テバイ遠征軍に加わらざるをえなくなり、かくして彼は息子たちを呼び事情を話して、お前たちが成人した暁には母エリピュレを父の仇として討ち、テバイに対する復讐戦をするように、と言い置いて死出の旅たる遠征へと出ていったのであった。

 アムピアラオスは名声の高い英雄であり、敵であるテバイ側も高潔で優れた英雄として認めていて、アイスキュロスの『テバイ攻めの七将』では、七つの門にかかってくるアルゴスの将にテバイ側は悪口雑言を浴びせている中で、彼一人だけは讃えられてくる、と描いている。

それによると、先ずアムピアラオスは「戦いに秀でた予言者、剛勇のアムピアラオス」と呼ばれるとする。そしてアムピアラオスは、アドラストスにテバイ攻めを進言したテュデウスを味方であるにも関わらず罵って「殺人者、国を乱す者、最大の悪の教師」と呼び、アドラストスにこれらの悪事を進言した者とした。また戦いの元凶であるポリュネイケスも罵って、名前通りに「争い多き者(このポリュネイケスという名前は、ギリシャ語では「ポリュ」と「ネイコス」に語源を分けることができ、ポリュ=多い、ネイコス=争い、となる)」と呼んで一人戦いに反対している、と描いている。

さらに、アムピアラオスは「こんな戦いは神々のお気に召す筈はない」「外国の軍隊を使って、自分の父祖の地と自分の一族を滅ぼそうとするような戦いのどこに正義があるのか」「野望によって槍により征服された父の国が、どうしてお前と手を結ぶだろうか」と主張している、と描かれている。

 そして、彼の姿を描写する時も「彼の楯には何も描かれてはいない、それは彼が虚飾を嫌い、外見の立派さよりも事実としての優れを望んでいるからだ」「彼は心を耕し、そこから芽生える優れた考えを刈り取る」と手放しで讃えられている。

 ついでながら、伝承によるとアイスキュロスのこの劇が上演されて、このセリフが朗々と語られた時、観客は一斉に同席していた当時のアテナイの指導者の一人「アリステイデス」の方に目を向けたと言われている。このアリステイデスは、当時から「正義の人」と呼ばれた人物で、その清廉潔白さにかかわる数々の逸話が伝承として残されているが、あの政治家嫌いの哲学者プラトンですら唯一褒め称えている政治指導者であった。ちなみに「アリステイデス」という名前は、ギリシャ語で「アリスト=優れた、エイドス=姿」と分析でき「外見の立派さより、事実としての優れ」というセリフには、内容として「アリステイデス」という言葉が含まれてくることもあった。

 ともあれ、こうしてアムピアラオスは戦いに入ったが、厳しい戦いの後、彼は敵将に討たれる前にここを逃れていくこととなる。しかし運命は逃れることができないわけで、神ゼウスは雷を投じて大地を引き裂き、アムピアラオスを馬ともども大地に飲み込ませてしまう。同時に神ゼウスは彼を不死の精霊の身にしていき、そうした彼のために神域がつくられ「予言と治療の聖域」となっていったのが、現在も遺跡が残っている「アムピアラオスの神域」となるのであった。場所はアテネの北「コロポン」と呼ばれるところで、東にエウボイア島が望まれる海に近い場所となる。

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