2023/09/01

神々の黄昏世界の終末(1)

出典http://ozawa-katsuhiko.work/

 ゲルマン神話は「世界の終末と神々の死」という物語があることが最大の特徴であり、これはゲルマン人の世界観のもっとも独特のところかもしれません。もちろん、世界の終末という思想自体は世界のあちこちに見られますが、それはペルシャのゾロアスター教に典型的に見られる「真実の神、光の国の到来」のための、この地上世界の終末となります。あるいは古代ギリシャ哲学にある「永遠の宇宙の繰り返し、永劫回帰」の思想となるか、です。

 

このゲルマン神話での神々の死という世界の終末は「新たな真実の神の国の誕生」でもなければ「永劫回帰の哲学」でもありません。「アースの神の一部が残り、あるいは再生して、この地上を引き継ぐ」だけの話で、オーディンもトールも居ないのです。ここには、「なくなるわけではない」という消極的な「安堵」はあっても、真実の神の国の到来という「新たな希望」はなく、やはり、「偉大なオーディンやトールは終わった」という黄昏観しか見られません。こうした諦観がゲルマン人の本性に色濃くあるのか、興味深い問題となります。

 

ラグナレク(神々の黄昏)

 フィムブルヴェトと呼ばれる冬が始めて訪れる。その冬というのは雪があらゆる方向から降り、霜はひどく、風は激しく吹きすさぶ。太陽など何の役にも立たない。季節が巡る時となっても、さらにその冬は続く。さらに季節が巡る時となっても冬は依然として続き、夏はついに訪れることはない。こうして、またさらに冬は続き、さらに冬、さらに冬とつづく時、兄弟たちはどん欲となり互いに殺し合う。父と子、身内の中で見境なしに人を殺し、姦淫する。『巫女の予言』はこう予言している。

 

兄弟同士が戦い殺し合い

身内同士が不義を犯す

人の世は血も涙もなきものとなり

姦淫は大手を振ってまかり通る

鉾の時代、剣の時代が続き

盾は引き裂かれ

風の時代、狼の時代が続きて

やがてこの世は没落することとなる

 

 この時に狼は、ついに太陽に追いつき太陽を飲み込んでしまう。太陽は早く動いていた。おびえるみたいに、殺されるのが怖いのに、これ以上速くは走れないといいだげに急いでいた。そんな風に猛烈に急いで、天を運行していたのにはわけがあった。追っ手が、すぐ後ろから追ってきていたからなのだ。逃げるより他に手立てがなかったのだった。

 

 天にいる追っ手は、二匹の狼であった。太陽を追っていたのはスコルという名前の狼で、太陽はいつか捕まるのではないかと怖れていた。そして太陽の前を駆けているのはハティ・フローズヴィトニスソンといい、月を捕まえようとしていた。

 

 この狼たちの出自だが、ミズガルズの東のイアールンヴィズという森に女巨人が住んでいて、たくさんの子どもを産んだのだが、これがそろいもそろって狼の姿をしていたのだ。太陽を追いかける狼というのは、この一族のものだった。その一族の中でもっともどう猛なのがマーナガルム(月の犬)と言って、死ぬ人間すべての肉を喰らって腹を満たし、月を捕らえて天と空を真っ赤に血塗る。このとき太陽はその光を失い、風は激しく吹き騒ぐのだ。『巫女の予言』は言う。

 

東のイアールンヴィズに一人の老婆が住んでおり

フェンリル(妖怪狼)の一族を生み

その中より太陽を飲み込むもの現れる

怪物は死に定められた人間の命とり腹を満たして

神々の座を赤き血潮で染める

うち続く幾つかの夏は太陽の光暗く

荒天のみとなる

 

 こうして太陽は狼に喰われ、さらに他の狼が月につかみかかり、星々は天より落ちる。大地と山は激しく震え、樹々は大地より根こそぎ倒れる。山は崩れ、このとき怪物狼フェンリルを縛り上げていた足かせと縛めはちぎれ落ち、狼は自由の身となる。海は怒濤となって岸に押し寄せる。これは、あのミズガルズの周りの海を取り囲んでいた大蛇が激怒し、陸に向かって押し寄せてくるからなのだ。

 

 この時に「灼熱の国ムスペルヘイム」にあった巨大な船ナグルファルが水に浮かぶ。この船は死者の爪から造られている。だから人は爪を伸ばしたままで死んではならぬと言われているのだ。神々と人間にとって災いとなる、このナグルファルの船の材料をたくさん提供してしまうことになるからだ。

 

 あの高潮に、このナグルファルは浮かぶ。この船の舵をとるのは霜の巨人の一人フリュムという名前の巨人であった。

 

怪物狼フェンリルは、口を開けて進んでくる。その口の上あごは天に、下あごは大地についてしまっているが、天地の間がもっとひらいていたら、その口ももって開いていただろう。その眼と鼻からは火を噴き出している。

 

 ミズガルズの大蛇は、空と海とを覆ってしまうほどに猛毒を吐き出している。そして大蛇と怪物狼の兄弟は、並んで押し寄せてくるのであった。

 

 天は裂け、「灼熱の国ムスペルハイム」の巨人たちは馬を駆って押し寄せる。その中にムスペルの頭領スルトが、前後を炎に包まれながら真っ先に進んでくる。彼の剣は素晴らしい。太陽よりも明るく輝いている。

 

 かれらが天と大地を結ぶ橋、虹のビフレストをわたる時、橋は砕けて落ちていく。ムスペルの子らはヴィーギリーズという野に馬を進める。そこに怪物狼フェンリルと大蛇もやってくる。そこには霜の巨人フリュムが舵をとってきた巨大船ナグルファルに乗ってきた霜の巨人たちが到着していた。

 

 そこにはあのロキも、縛めが吹き飛んで自由となって、神々に復讐せんと冥界ヘルに従う者たちを引き連れてやってきていた。

 

 灼熱のムスペルの子らは独自の陣形をとり、その炎の陣形は眼も眩むようであった。この見渡すこともできないほどの広さをもったヴィーグリーズの野が、神々と巨人の輩との最後の決戦の場だったのだ。

 

 こうした事態を知ると、神々の中の世界の見張り手ヘイムダルは立ち上がり、力一杯角笛を吹き鳴らす。神々は全員眼をさまし、続々と参集してくる。オーディンは「知恵の泉ミーミル」へと馬を駆けさせ、神々の輩のために助言を求めた。

 

 この時、全世界を支えるユグドラシルの「とねりこの樹」はうちふるえる。天も地も恐れおののかないものはなかった。

 

 アースの神々と、この日に備えてヴァルハラに居た戦士アインヘルヤルたちは甲冑に身を固め、ヴィーグリーズの野を目指して進軍していく。黄金の兜と輝く甲冑に身を固めたオーディンが先頭を切って馬を進め、その手にはグングニルの槍がしっかり握られている。

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