2015/08/19

伊勢(2)

伊勢の地名の由来について述べるには、その出辞と極めて関わりの深い、神、鏡、夢などの語源について触れておかなければならないでしょう。

 

神「か-み」の元の音は「くゎ-みぃ(kwa-myi)」で、「くゎ」音は「囲む、覆う、守る」、「みぃ」音は「本当に柔らかいもの=身、実」ですので、神は「身を守るもの」となります。

 

鏡「か-が-み」の元の音は「か-くゎ-みぃ(ka-kwa-myi)」で、「か」音は「仮の」、「くゎ-みぃ」音は「神」ですので、鏡は「仮の神」となります。

 

夢「ゆ-め」の元の音は「う-め(u-me)」で「う」音は「見ることができない」、「め」音は「本当に大切なもの=目」ですので、夢は「目では見ることができないもの」又は「見ることはできないけれども、本当に大切なもの=神のお告げ」となります。

 

記紀(古事記及び日本書紀)には、音から得られた神と鏡の関係(鏡=仮の神)と、極めてよく一致している面白い記述があります。それは天照大御神が邇々藝命(ににぎのみこと)を地上に遣わす際(天孫降臨)に、鏡を手渡しながら

「この鏡を見ること我と同じくせよ(この鏡を私と同じように崇めなさい=鏡を仮の神として崇めなさい)

と述べているところです。天照大御神は神そのものですから、託された鏡は仮の神「御神体」となります。キリスト教の十字架、仏教の仏舎利や仏足石(後に仏像)と同じように、鏡は「仮の神」として、天照大御神を唯一神とする新しい宗教(政治と一体であった初期の神道)の象徴となったのです。

 

垂仁天皇の御代、御杖代として天照大御神の御神体の鏡を携えた皇女倭比賣命が、各地を巡行の末やっと辿りついた伊勢の五十鈴川のほとりで身体を休めた時、夢枕に天照大御神が現れて

「是の神風の伊勢国は、常世の浪の重波(しきなみ)()する国なり、傍国(かたくに=近くの国)の可怜(うま)し国なり、是の国に居らむと欲(おも)ふ」

と仰せられ伊勢の地にご鎮座されることになった、と日本書紀は伝えています。この夢枕に現れた、天照大御神の言葉を要約すると

「大和に近い伊勢国は、探し求めたより良き地であるので、この地に留りたい」

となります。

 

3世紀中頃の我が国について比較的詳しく記述されているC国史書の「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」には、伊勢に近い鳥羽「投馬国」や志摩「斯馬国」の地名が記述されているのに、伊勢の地名について全く触れられていないのは、当時、まだ伊勢という地名が存在していなかったか、地域を示す国名(現在の県のような古代の行政単位)になるまでに至っていなかったからではないか、と思われます。温暖な気候、緑の多い美しい自然、冷たくて美味しい水と海山の幸、穏やかで豊かな人情などに恵まれた伊勢の地は、今でも都会の雑踏に疲れた心身を癒(いや)すのに最適の地です。

 

なお海に面した膨大な伊勢平野は、奈良や伊賀盆地から見れば「広くてより良い所」(うぃ-せ=広くてより良い所)でしょうけれども、ここでは敢えて日本書紀の「より良き地」の記述を地名由来の出辞とし、伊勢の語源を「確かにより良い所」としておきたいと思います。

 

昭和30年、市名を伊勢市と改称するまでこの地域は宇治山田市と呼ばれ、内宮の所在する宇治と、外宮の所在する山田(山田ヶ原ともいう)の二つの地域からなっていました。内宮の所在する宇治は内宮の神前町として、外宮の所在する山田は外宮の神前町として発展してきたのですが、この二つの地域は地形的に全く異なった様相を呈しています。

 

宇治とは、五十鈴川中流域を中心に朝熊山系、尾上丘陵、貝吹山山系などに囲まれた範囲(宇治館町、宇治今在家町、宇治中之切町、宇治浦田町などが含まれる)で、五十鈴川河口部や勢田川からは、山裏になるこの地域を殆ど見ることができません。宇治「う-じ(u-si)」の元の音「う-し」から得られる意味も「より確かに見えない所」で、先の地形の景観とよく一致しています。

 

一方、山田ヶ原は、高倉山から北及び北東に広がる山麓の緩やかな傾斜を持った見通しの良い平坦部で、地域内(常盤、大世古、一志、宮後、吹上、岡本、岩渕などを含む)には、宮川水系の小河川が流れています。この山田の語源は、奈良県の大和(やまと)「やま-つぅ-うぃ(ya-ma-twu-wi)=山に繋がった山麓の広い台地状の所(魏志倭人伝の邪馬臺に当たる)」と同じで、「やま-つぅ-うぃ」「やま-た-い」、「やま-た」、「やま-だ」と変化したものです。

 

大台が原を源とし、1年を通じて豊かな水量を誇るこの地最大の河川「宮川」の右岸には、「佐八(そうち=そぉあう-ち)」と呼ばれる奇妙な文字と音を持つ地名が存在しています。これと同じ音を持つ「左右知(そうち=そぉあう-ち)(sэu-ti)」という地名が、宮崎県延岡市の西側にも所在し、どちらもその地域の中では少し高台になっていて「確かに遠くの方がよく見える所」です。「ぉあう」の音は、「う」音の「見えない」の否定で「よく見える」、「S」音は「より・・・」という意味ですので「すぉあう」は「(遠くの方が)よりよく見える()」となります。

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