2016/09/13

高天原『古事記傳』

 神代五之巻【三柱貴御子御事依の段】 本居宣長訳(一部、編集)
高天原(たかまのはら)は、 既に出た通り天を指して言う。この大御神は、いまも現実に空で輝いているのを見ることができるので、このように事依さした大命のままに、永遠に天を治めて 四海万国を照らし続けていることは明らかである。【それなのに、この大御神が大和国、あるいは近江国、あるいは豊前国に都していると言うのは、たいへんな邪説である。この邪説は、ただ天皇の太祖であるから太陽になぞらえて日神と言うだけで、実際に天にある太陽ではないと思い、または天はただ「気」であって形態のないものであるのを、地上の国のようにさまざまなことを語るのは、とうていあるはずのないことだから、高天の原というのも地上の都のことであり、事実はすべて地上にあることだ、と考えることから来ている。これは漢籍に溺れた、自分勝手な邪見である。

 

一般に漢人は、何でも眼前に見聞きすることの普通の理屈になずみ、その他には推測の及ばない深妙の理があることを知らないのだが、我が国でもそれをかえって良いことのように思い、ともすれば神代の深く奇しいことも、凡人の日常的な理屈に当てて説こうとするのは、大きな誤りである。その中でも、この大御神の都が地上のどこそこにある、といった説は特に甚だしい。

 

そもそも、この大御神が天の太陽と別で地上の国土にいるとするなら、あの天の石屋の段などは、どう説明するのか。その時は、わずかのあいだ石屋に籠もっただけだったのだが、もし既に隠れたのだったら、この世は常夜の国になってしまうはずなのに、そうでなく常に夜明けがやってきて、世を照らしているのをどうする。逆に隠れもせず、まだ世にあるとすれば、人代になってからは、どこに移り住んだというのか。また、なぜその住んでいた国を捨てたのか。すべてわけが分からない。実際に大和なり近江に都して、今もそこにいるというなら、皇孫もその都に住んで天下をしろしめすのが当然だが、そうした国中(くになか)の都がありながら、西辺の国(日向)に天降りしたのはなぜか?

 

書紀の一書には「天照大神は高天の原を治めよ、素戔嗚尊は天下を治めよ」とあり、高天の原が地上の国なら、素戔嗚尊が天下を治め、天照大神は一介の国造に成り下がるだろう。非常におかしい。しかし、この「天下」というのも、ねじ曲げて説き、なおも他の説を立てようとする者がいる。世の学者が古い伝えを受け入れず、自分の漢意の曲説を立てるので、こういうさまざまなつじつまの合わないところが出てくるのに、そのうえに強弁して議論を飾ろうとするのは、たいへん浅ましいことである。】

所知は「しらせ」と読む。【「しれ」を延ばして言ったのである。】「しろしめせ」 と読むのも悪くない。この言葉については、次に詳細に述べる。万葉巻二【二十七丁】(167)に「天照、日女之命、天乎波、所知食登(あまてらす、ヒルメ のミコト、あめをば、しろしめすと)云々」、書紀(本文)では、(伊弉諾、伊弉冉二神は)「何不生天下之主者歟於是、共生2日神1、號2大日孁貴1、此子 光華明彩、照=徹2於六合之内1、故二神喜曰、吾息雖多、未レ有2若此靈異之兒1、不レ宜レ久=留2此國1、自當早送于天而、授=以2天上之事1、是時天 地相去未レ遠、故以2天柱1擧2於天上1也(アメのシタのキミとマスべきカミをうまさんとノリたまいて、ともにヒのカミをうみまつります。オオヒルメのム チともうす。このミコ、ひかりウルワシクまして、アメツチにテリわたらせり。カレふたはしらのカミよろこびてノリタマワク、アがミコはサワにませども、い まだカクくしびなるミコはまさず、このクニにひさしくトドムべきにあらず。アメにオクリまつりてヨケンとノリたまいて、アメのことをヨサシまつりたまう。 このときはアメツチのあいだ、イマダとおからず、かれアメのミハシラをもちてアメにアゲマツリたまいき)

≪口語訳:伊弉諾・伊弉冉の二神は『天下の君主になるべき神を生もう』と言って、日の神を生んだ。
大日孁貴と名付けた。この子は美しく光り輝いて、天地を照らした。それで二神はたいへん喜び『私たちの子は大勢いるけれども、まだこれほど霊異の子はいなかった。この地上に長くとどめておいてはいけない。天上に送る方がいいだろう』と言って、天を治めるように言いつけた。この頃は天地の間がまだそれほど遠くなかったので、天の柱から天へと昇らせた≫」

【「天地の間がまだ遠くなかった」 というのは、天地が分かれてまだそれほど経っていなかった時代のことだからである。「天の柱をもって」というのは、師の説では「これは伊邪那岐命の息で、風のことである。龍田の神の名を『天御柱、国御柱』と言うのを合わせて知るべきである」と言う。この説の通りである。天と地の間を支え持つのは風だからである。】

○事依(ことよさし)は前述【伝四之巻】した。天照大御神は、この事依に従い天地と共に永遠に高天の原を治め、天地の表裏をくまなく照らし、天下の万国も、この神の恩恵を受けないところはないので、神々の君主で天地の最も偉大な神である。【これ以前にも高天の原に五柱の神がいたのだが、いずれも高天の原をしろしめす神ではなく、君主とは呼べない。君主は、この大御神だけである。それなのに後世には天之御中主神や国之常立神なども君主であるかのように説くのは、古伝と違っている。といって、彼らを天照大御神に仕える臣の神とするのも誤りだ。君がなければ、どうして臣と呼べようか。人の世のように考えて、天地の始めの神についてまでも君臣の分を説こうとするのは、漢意の曲説である。ところで、四海万国、この大御神の光を受け、御魂のおかげをこうむりながら、その初めの次第も知らず、皇国が万国に優れて貴いことをも知らずにいるのは、外国には神代の正しい伝えがないからなのである。】

○賜也(たまいき)は、上述の首の玉を賜ったのである。こう重ねて言ったのは古言の用法である。

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