神代五之巻【三柱貴御子御事依の段】本居宣長訳(一部、編集)
○三柱の御子たちにそれぞれ事依さした次第は以上のようだが【書紀の挙げた諸々の伝えは、各々異なっている。本文では天下の主となる神を生もうとして、この三柱を生んだという。だから本来は、三柱が共に天下を治めるべきなのだ。しかし月神・日神はともにたいへん霊異の神だったので「長く地上にいるべきではない」として天上に昇らせた。須佐之男命は「お前は無道だから、天下の主になるべきでない」として、根の国に追いやってしまった。書紀の初めに「至って貴いのを尊と言い、それに次ぐのを命という」と書き、またこの三柱ともに「尊」とあるからには、みな天下の主になるべき神だった。
一書(第二)には、須佐之男命について「お前に天下を治めさせたら、多くの人が傷つき害されるだろう」とあるのだが、これも元はと言えば須佐之男命が天下を治めるにふさわしい神として生まれたからである。別の一書(第六)では、月読尊に滄海原を治めさせ、素戔嗚尊に天下を治めさせると言っている。さらに一書(第十一)には、須佐之男命に治めさせるのは、この記と大体同じであって、月の神には「日と並んで天を治めよ」と言っていて、夜食国という言葉が出て来ない。これは撰者がさかしらに文を改めたのだろう。だが、色々あっても須佐之男命が最後に根の国に行ったことは同じである。】
地上の国を残して、主となるべき神を空位のままにしたのは、後に天照大御神が「わが御子の治めるべき国」と言ったことを考えれば、もとから将来は皇孫が治める国となる深い理由があったようである。月日の両善神は天に、悪神の須佐之男命はついには根の国に行った、ところがその善神と悪神の誓い(うけい)の中から生まれた神が、この天下を末永く治めていることも、また深い理由があるのである。神代の初めから、こうした深く隠された理由(約束事)があり、この国を治める天皇が天つ日嗣であることは、天地の限り不朽の制として絶対に動かないことにも、理由があるのである。
○多くの人は、人の世のことから神代のことをあれこれ推測するのだろうが【世の物知りたちが、神代の妙なる理を知ることができず、これを曲解して人々に説くのは、みな漢意に溺れているからである。】
私は神代のことから、人の世のことを知る。というのは、およそ世の中の代々に良いこと、悪いことが次々に起こり、移り変わって行く様子は、大小を問わず【天下の一大事も庶民の身の上のことも】すべて神代に起こったことの反映だからである。それは女男の大神の「美斗能麻具波比(みとのまぐわい)」 に始まり、島国および諸神を生み、こうして三柱の貴い御子にそれぞれ分けて任命したまでの中に、すべて含まれている。【この間に起こったことをもって、人の世のことを知るべきである。】それは「みとのまぐわい」から国々および神々を生むまでは、すべて善事であったが【但し最初に女男の言挙げの順序が違ったのは、凶事の根ざした徴候だったとも言えるだろうか。】
火の神が生まれたとき【火が世の中で、たいへん役立つことは言うまでもない。この神が斬られた、その血から生まれた神々も大いに功績を成すのである。だから、この神が生まれたこと自体はまだ善事の一つだった。】母神が世を去ったことは、世の凶事の初めである。【世の人が凶事にあって死ぬのは、この由縁である。すべて死ぬのは、どんな理由にせよ凶事である。こうして火の神が生まれたことは、善悪を兼ね備えていたから、善事から凶事へと移り変わる境界であった。火は大いに用を為すけれども、また物を焼き滅ぼす点でも、これ以上に凶悪なものはない。】
結局、黄泉の国には、この凶事によって女神が移り住み【これは、まさに善事から凶事に移ったのである。】そこに永遠にとどまっているので、世の中の凶事がすべてそこに帰し、また諸々の災いの源泉ともなるのである。【女神は火の神を生むまでは善神であったが、この黄泉の国に入ってからは悪しき神となった。あの「汝の国の人草を、一日に千頭縊り殺しましょう」という言葉、これはもう悪神になったのであって、禍津日神が生まれる原因であった。】
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