2022/12/09

エッダと北欧神話の世界(2)

出典http://ozawa-katsuhiko.work/

「神々の物語」

 この神々の物語は、「宇宙の生成と創造」「神々と巨人族との壮絶な戦いと滅亡」の物語が主体となっています。ゲルマン神話の最大特徴の一つが、この「神々の滅亡」というもので、その後生き残った神々による「新たな世界」が言われはするものの、全体的に見ると、それは大きなテーマとはなっておらず「神々の滅亡」が主要テーマという珍しい構造になっています。

 

 ここでもギリシア神話と同様、さまざまの神々が活躍してきますが、「オーディン」が主神となっており、他に「トール神」が神々の活躍の中心となっています。注目されるのが「ロキ」と呼ばれる神で、この神はひょうきんな行動・態度で軽妙に立ち居振る舞って大きな活躍をしているかと思うと、陰険・陰湿に満ちた面を見せて神々を平気で騙してトラブルの元となり、ついには神々の敵となって巨人族に寝返り、世界の滅亡の元となるという神です。こうした神の存在も、ゲルマン神話の特徴と言えます。

 

 ただし、これらは先に示したように一つの歌として謳われているわけではなく、それぞれのテーマをもったさまざまの歌謡に、さまざまにちりばめられているものです。しかし、全体的な内容は「エッダ」の冒頭に置かれている「巫女の預言」が示してきますので、ある意味でまとまった物語としても意識されていたのでしょう。

 

「英雄物語」

 神々は、世界の終末に備えて多くの英雄たちを、その死後神の館に招き入れていたのであり、そうした神々の目に適った英雄の物語がたくさん物語られてきます。ここでは、キリスト教の影響を受けていない時代のゲルマンの英雄達の心意気が語られているとされ、勇敢で剛毅な男達の物語となり、敵にだまされ殺されることになっても平然として己を貫き通す男、死を予測しても勇敢に敵に立ち向かっていく姿などが英雄像を形成しています。これらは、いわゆる「ニーベルンゲン伝説(中世の騎士道歌謡)」の原型を示しているとされます。

 

「箴言」

 神話は、多かれ少なかれ人々の生活上の指針や価値観を示してくるものであり、それはこのゲルマン神話においても例外ではありません。それらは人間の生活ですから民族によってそんなに大きな違いはなく、古代世界にあっては大体同じような価値観を示していると言えます。たとえば、財産も家族も自分もやがてなくなっていくものだが、名誉・名声は消して朽ちることなく永遠であるといった考えや、愚か者は財産その他欲望の対象を得るとつけあがって、自分がひとかどのもののように思うものだが「思慮」に関しては何も獲得してはいない、「分別」こそ最大の友、といった考えはギリシアにも見いだすことができて、ある意味で人類に普遍的なものとも言えます。この箴言の集大成である「オーディンの箴言」の部分は、当時の社会を伺わせて興味深いものがあります。

 

「スノッリのエッダ」

 詩人スノッリが書いたこの書は三部に分かれていて、一部は日本訳で「ギョルヴィたぶらかし」という変な表題がついていますが、これは伝説的な王ギョルヴィが神々の地を訪れ世界の過去と未来について話を聞き、神々がたくさんの話をしてくれた後、これ以上の話はないのでこれで満足せよ、と言った瞬間にこれまであった神々の館は跡形もなく消え失せ、彼は野原に突っ立っているだけであったというところから名付けられたものです。

 

 このスノッリの「エッダ」は、伝承された歌謡の中の神話・伝説を元にして見事な叙事詩としてまとめ上げたもので、文学的に整理されている一方、貴重な資料を提供しています。

 

 二部は詩語の解釈と同時代の詩人の作品の引用、三部は自ら創った詩の入門者のための模範となる頌歌と、その解説となっています。私達にとっては一部が重要になります。

 

「ゲルマン神話の世界像」

 これは古歌謡の「巫女の予言」と呼ばれるものが全体像を与え、またこれに基づいて豊かな叙事詩にまとめた「スノッリのエッダ」が、全体を捕らえるに分かり易くなっています。

 

 「巫女の予言」というのは、巨人族に属していた巫女が神々の主神「オーディン」の命によって、過去と未来とを話して聞かせるという内容になっています。なお、神々の名前ですが、ゲルマン部族で発音が異なりさまざまの表記があり、ここで「オーディン」としたものは日本でも「ヴェーダン、ヴォーダン」という名前でも紹介されています。ここでは、谷口幸男訳の「エッダ」での日本訳の表記に従います。

 

 巫女は先ず世界の生成について語りだしますが、そこで「九つの世界、九つの根を地の下に張り巡らしたかの世界樹」を覚えている、としているのが注目されます。つまり古代ゲルマン人は世界を九つの部分に分け、それを貫く一本の木というイメージで世界全体をイメージしていたようです。これからこの九つの世界が出てきますが、とりあえず紹介しておくと先ず「オーディンたちアース神の国、アース・ガルド」「ニョルズ一族の国ヴァナ・ヘイム」「フレイ神の支配する妖精の国アールヴ・ヘイム」「火の巨人スルトの支配する火の世界ムスペル・ヘイム」「人間界ミズ・ガルズ」「巨人族の国ヨーツン・ヘイム」「死者の国ニヴル・ヘル」「暗黒のこびとの国スヴァルタールヴァ・ヘイム」そして「極北の国ニフル・ヘイム」となります。

 

これは通常の民族が世界を精々「神の国」「人間の国」「死者の国」と三つくらいにしかイメージしていないのと比べると大きな特徴になります。ただ、これらの国々が存在として別世界ではなく一つの世界の中にあって互いに連続しているのは、「ヘブライ神話」系列など少数を除いて古代民族に共通しています。

 

 さて、原初の昔には「砂」もなく「海」もなく「冷たい浪」もなかった。「大地」もなければ「天」もなく、「奈落の口」があるだけで、どこにも草一本生えていなかった。そこに一番初めにできたのは、南の方に「ムスペル(火の国)」という世界でありそれは明るく、熱く、焔を挙げて燃え上がり、何人も近づくこともできなかった。そこの国境を守っているのは「スルト」であった。

 

 なお「巫女の予言」の終わりの方で世界の終末が語られる時、「スルト」は手に燃えさかる剣を持ち、世界の終末の時にやってきて荒らし回り、神々を討ち果たして全世界を火で焼き尽くすとされます。すなわち、「スルトは南より枝の破滅(火)もて攻め寄せ、戦の神々の剣より太陽がきらめく。岩は崩れ落ち、女巨人は倒れ、人々は冥府への道をたどり、天は裂ける」と歌われます。

 

 「ニフル・ヘイム(極北の国)」ができたのは、大地が作られる何代も前のことであった。その真ん中に「泉」があって、そこから11本の河が流れ出していた。

 

 エーリヴーガルという河があり、そこの毒気を含んだ泡が、火の中から流れ出る溶岩のように固まるほどに、例の泉から遠く離れて流れて来たとき、それは「氷」に変わった。そしてその「氷」が止まって流れなくなると、毒気から発された靄がその上に立ちこめ、それが凍っては「霜」となり、それは次から次に重なり合って奈落の口に達している。

 

 奈落の口の北側は、重い氷と霜で覆われ、中には靄が立ちこめ突風が吹いている。だが南側は「ムスペル・ヘイム(火の国)」から飛んでくる火花によって、それから守られている。ちょうど、「ニフル・ヘイム(極北の国)」から寒冷やあらゆる恐ろしいものがやってくるように、そのように「ムスペル・ヘイム(火の国)」の近くにあるものは熱くて明るい。そして「奈落の口」は、風の凪いだ空のように穏やかだった。そして「霜」と「熱風」とがぶつかると霜は解けて滴り、その滴が熱を送る者の力によって生命を得て「人」の姿となった。それは「ユミル」と呼ばれた。

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