2024/10/26

最澄(5)

事績と評価

日本天台宗の開宗

中国天台宗は6世紀に隋の智顗が開いた宗派であり、のちに日本に伝来した南都仏教よりも歴史が古い。最澄は自身が受け継いだ教えについて『内証仏法相承血脈譜』に、達磨大師付法・天台法華宗・天台円教菩薩戒・胎蔵金剛界両曼荼羅・雑曼荼羅の5つを挙げている。5つの教えのうち、天台法華宗のみに「宗」が付いている事について、伊吹敦は「受け継いだ思想的伝統を血脈と称し、それらを統合して新たに樹立した自らの思想的立場を宗と呼んだ」としたうえで、「中国天台宗とは異なる日本独自の天台宗が成立した」と評価している。

 

また新川哲雄は、南都六宗における宗派を「経典や論書の理解に関する枢要な教義及びそれを学ぶ「学派」を意味する」としたうえで、最澄の開宗によって「ある立場の教義を同じく尊崇する人々の一団を「宗」とし、さらにその一宗団の中で教義をめぐる解釈の違いなどから立場を異にする分派が生じた時に「派」とみる新しい宗派意識の原型が生まれた」と評価している。

 

顕密両学

前述のように、天台法華宗には止観業(天台)と遮那業(密教)の各1名の年分度者が認められた。これは最澄が顕(天台教学)と密(密教学)の合同を最終の理想としていた為と考えられる。

 

止観業とは、智顗が著した『摩訶止観』に由来する。『摩訶止観』は仏道修行の基礎的な規範を記したもので、実践と修行の立場から法華経を解釈したものとされる。最澄は『勧奨天台宗年分学生式』に「止観業は四種三昧を修習せしめ(後略)」と記すように、『摩訶止観』に記される実践行である四種三昧の実践を重視していた。そして実践の場として、最澄は四種三昧堂の建立を図ったが、この堂は『弘仁九年比叡山寺僧院之記』に一乗止観院に続いて記されていることから、延暦寺伽藍構想においても重要視されていたことが分かる。

 

四三昧院とは円観を学する者の住する所の院なり。文殊般若経に依りて常坐一行三昧院を建立し、般舟三昧経に依りて常行仏立三味院を建立し、法華経等に依りて半行半坐三昧院を建立し、大品経等に依りて非行非坐三味院を建立す。(中略)明らかに知りぬ、四三昧院とは行者の居する所なり。春秋は常行、冬夏は常坐、行者の楽欲に随いて、まさに半行半坐を修し、また非行非坐を修すべし。

最澄、『顕戒論』

 

東塔の半行半坐三味堂(法華三昧堂)は、最澄が弘仁3年(812年)に建立したとされるが、常坐一行三昧堂(文殊楼)、常行三昧堂、非行非坐三味堂(随自意堂)は最澄の没後に完成する。のちの天台宗では、法華堂は座禅道場として重視され、常行堂は浄土信仰の素地となった。しかし、それ以外の三昧堂はさほど重視されることがなかったと考えられる。

 

一方の遮那業は『摩訶毘盧遮那神変加持経業』に由来する。最澄が唐から伝えた密教は不十分なもので空海に助力を請うたが、教義の完成を果たせなかった。のちに天台密教は円仁と円珍の入唐により研究が盛んになり、安然によって完成され、その後100年あまりは天台密教が隆盛する。その一方で、円仁は空海の顕密二教判(密教が顕教より優れるとする説)を一部取り込み、最澄が掲げた顕密両学(円密一致)は崩れていく。止観業が見直されるのは、延暦寺中興の祖とされる良源が現れる10世紀中頃となる。

 

一切衆生悉有仏性

一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)とは、衆生はみな生まれながらにして仏となりうる素質(仏性)をもつということである。その根本となる一切皆成(一切衆生が成仏できる)は涅槃経に説かれるものであり、法相宗を含む南都仏教もこれを承認していたが、その解釈(仏性論)について最澄と法相宗は激しい論争(徳一との三一権実諍論)を行った。

 

徳一は一切皆成を認めつつ「仏性を顕かにするための行を成しえる因(行仏性)を持たない衆生がいる」とする五性各別説を支持する。この法相宗の立場について最澄は小乗義が含まれていると批判し、五性の別なく悉皆成仏できると説いた。その上で「修行の困難さから成仏できるのは釈迦のような特別な存在」とする一般的な仏教観を否定し、「一切衆生悉有仏性を信じ、利他行に励み成仏の道を進む者こそが菩薩」とし大乗の立場を明確にした。

 

大乗戒壇

前述のように、最澄は菩薩戒の受戒で比丘になれるとする大乗戒壇の設立に尽力し、日本独自の戒律制度が成立した。一方でこれにより、鑑真が日本に伝来した「具足戒での受戒で比丘となれる」とする東アジアの基準に当てはまらない比丘が生まれる事となる。後に明全が入宋した際には、比叡山の大乗戒壇で受戒していたにもかかわらず、東大寺戒壇で受戒した戒牒を作成している。また現在の日本仏教は戒律を軽視しているとされるが、沖本克己はその大きな転換点の一つとして最澄の大乗戒壇の設立を挙げている。

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