神代二之巻【美斗能麻具波比の段】 本居宣長訳(一部、編集)
○見立(みたて)は「見送る」などの「見」で、俗にも「子供を見育てる(子供の世話・面倒を見る)」、「成り行きを見届ける」など言うが、こうした「見る」は、ただ目で見るのではない。そのことを身に受けて、自分の任務として知り行うのを言う。だから、ここに言うのは御柱を立てて殿を造ることを自ら計画し実行し、工程を管理したという意味である。【俗に人の門出を見送ることを「見立てる」と言うのも、自分がその場にいて発たせ遣るということで同様だ。】
「所知看(しろしめす)」の「看」も、この「見」の意味だ。【この「看す(めす)」は、字の通り「見る」ということである。「見る」は古言で「みす」と言い「聞く」を「きこす」と言うのと同様である。
ところが、その「みす」を音が通う「めす」とも言うのである。万葉の歌などには事例が多い。そして、それは目に見ることだけでなく、何であれ自分の身に受け入れることを言う。天の下所知看(しろしめす)、政所聞看(まつりごときこしめす)などである。この言葉の意味は、伝七の十七葉に詳しく言う。
ところで、この見立つを以前は「御寝坐(みねす)」、「御合坐(みあいす)」などと同様で「御立つ」の意味ではないかという議論が多かったが、それはあまり良くない。「御立つ」の意味なら、単に「御」の字を書けばよい。また書紀に「化作(みたつ)」、「化竪(みたつ)」とある「化」の字は、どうにも納得できない。絶対に、この字の意味ではない。書紀の訓は、この記を根拠にしている。また「みたつ」は「生みたつ」だ、などという説も間違っている。】
○八尋殿は「やひろどの」と読む。「の」を付けて「やひろのとの」と読むのは、あまり良くないだろう。【書紀では「之」の字を加えているが、あの本はすべて漢籍めかした書き方をしているからで、こういう場合の証拠にはならない。】
○八尋殿は「やひろどの」と読む。「の」を付けて「やひろのとの」と読むのは、あまり良くないだろう。【書紀では「之」の字を加えているが、あの本はすべて漢籍めかした書き方をしているからで、こういう場合の証拠にはならない。】
この名称は、後の木花之佐久夜毘賣の段にも「作2無戸八尋殿1(ウツムロのヤヒロドノをつくり)」、書紀の神代巻にも「於2秀起1浪穂之上起2八尋殿1而(サキだてるナミホのエにヤヒロドノをたてて)云々」などとある。また履中紀、山城国風土記などで八尋屋と書いた例もある。【倭姫命世記には八尋機屋という言葉もある。】
八尋は宮殿の広さを言うが、八(や)は実際に七つ八つと数えて言うのではなく、本来「禰(いや)」が縮まった言葉である。八重、八雲、八十(やそ)、八百(やお)、八千(やち)など、その他「八某」と言うのは古語にはよくある。どれも同じことで、ただ何かが重なり多いことを言う。【それを「神道では八の数を尊ぶ」などと言って、その数についてあれこれ論じるのは例の漢文の考え方で、およそいにしえの意からは遠い。物を八つに整えるのも、後代のことである。】
尋は両手を広げた長さを言う。今の人もそうやって一尋の長さを測っている。おそらく手を広げて測るので、一尋二尋と言うのだろう。【漢国でも「舒レ肘知レ尋(ヒジをノベてヒロをシる)」とあり、上代はそうして(体で測って)いたのだろうから、(漢で)一尋を八尺と定めたのは、やや後代のことだろう。御国では、今も八尺としない。まして神代に、そうした単位があったはずはない。そのうえ八尋矛などというものもあって、八かける八で六丈四尺ではない(長すぎる)ことが分かる。】
和名抄に「殿は和名『との』」とある。最初にこの殿を見立てたのは、女神と共に住んで交合するためである。そもそも、その殿を建てたことまでは言わなくても良さそうなものだが、あえて言っておいたのは、いにしえには妻問い(求婚)するに当たって、まず一緒に住む家を建てたことを意味するらしく、須佐之男命の須賀の宮作りも「都麻碁微爾夜弊賀岐都久流(つまごみにヤエガキつくる)」と歌っているので、もっぱら妻をそこに籠め住まわせるためであったことが分かる。また万葉の巻三の山部赤人が勝鹿の真間娘子(ママのオトメ:真間の手児名)の墓の近くを通り過ぎる時に作った歌(431)に「古昔、有家武人之、倭文幡乃、帯解替而、廬屋立、妻問爲家武(イニシエに、アリけんヒトの、しずハタの、オビときカエテ、フセヤたて、ツマドイしけん)云々」【これは、契沖や師(賀茂真淵)の意見とは少し違うが、ここに関係のある歌なので引いたのである。好きに考えてよろしい。】
これは、いにしえには賤しい身分の者でも、廬屋(ふせや)を建てて求婚したという言い習わしがあったので、その伝承を詠み込んだものと思われる。それならこの八尋殿も、無駄に書いたのでない。理由のあることなのだ。書紀にも「同宮共生而生児(ヒトツみやにスミましてウミませるミコ)」とある。
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