(うぬぬ・・・まさかまさか・・・あの薄汚い戸は・・・?)
と目を凝らすと、それは明らかに先ほど覗いていた店の表のカウンターから、うなぎの寝床のように続いている裏口に当たる位置関係ではないか。
実に恐ろしき現実!
ここまで来ると≪事実は小説より奇なり≫を通り越して≪事実はマンガより奇々怪々なり≫と呆れるしかないが、遂にれっきとした事実と認めざるを得なくなったからには、呆れたり驚いたりしている場合ではない。
幸いにして、向こうにはまだこちらの存在は気付かれていないため、気付けば尾行をするような行動に移ったのも、当然と言うべきか。
そのまま駅の方に向かっていったので、電車で帰宅するのかと思いきや駅は素通りし、せかせかした足取りでハーモニカ横丁に入って行った。
ハーモニカ横丁は吉祥寺駅北口駅前にあり、混沌とした細い路地の中に商店、飲食店などが100件近く並んでいる。
ハーモニカ横丁のルーツは、第二次世界大戦後の1940年代後期、荒廃した吉祥寺駅前にできた闇市からである。
その闇市の名残か、入り組んだ細い路地の中に小ぢんまりとした商店が混沌と立ち並ぶ様が、古き良き武蔵野の面影を残している。
相手は徒歩でこっちは自転車であること、そして吉祥寺駅周辺のあの人混みも手伝って尾行は楽だったが、狭いハーモニカ横丁に入って行かれたのは誤算であった (;-_-;) ウーム
ハーモニカ横丁に入って行かれたのは誤算だったが、上野のアメ横をもっと狭くしたような穴倉のようなあの場所こそ、モグラのような陰気なストーカー野郎が好みそうな隠れ家かもしれない。
自転車で入り込むわけにはいかず、さりとて路上駐車は禁止地帯だが、そうも言ってはいられない。
この時点では、これからどのように振る舞うかという考えはまだなかったものの、それでもこれだけの絶好の機会はまたとないと思えた。
こちらは学生時代、サッカー部のエースとして鳴らした身であり、さらには記者上りだけに俊敏さには自信があった。
あの小太りのタコオヤジよりは数倍は素早く動ける確信はあったが、あの迷路のように狭く入り組んだハーモニカ横丁は慣れない身には鬼門だった。
地元の吉祥寺に呑みに行くにしても、こっちは女連れだからもっと高級な店(?)を予約して行くだけに、あのような薄汚れた立ち飲みや屋台のような店ばかりのハーモニカ横丁には、地元ながらまったく縁がなかった。
そこへ行くと、さすがにあのしがない、うだつの上がらぬ薄給取りにとって横丁は行きつけらしく、迷う風もなく慣れた足取りで迷路へと消えていった。
(うぬぬ・・・これは思わぬ誤算・・・)
と唸ったものの、冷静に考えればあの狭い横丁だから、一軒一軒覗いて行ったところで多寡の知れたものだ、と思い直した。
ハーモニカ横丁にも、テーブルで落ち着けるようなまともな店もあったが、あの風采の上がらぬ貧しいタコオヤジの入るのは、精々赤ちょうちんの屋台が関の山であろう。
案の定、屋台のような焼き鳥屋の薄暗い店内の、いちばん奥まったところに天井のランプに禿頭を光らせながら、例の「世の不幸を一身に背負ったような」陰気な顔で、コップ酒をちびちびやっているタコオヤジの姿があった (* ̄m ̄)ブッ
店は仕事帰りのサラリーマン風でそこそこ賑わいつつあったが、端っこの薄暗い席でチビチビとコップ酒を煽るタコオヤジの陰気な姿が敬遠されたか、ヤツの隣には誰も寄り付きそうにないのを見計らって、様子見を決め込む。
懐具合を考えてか、チビチビとピッチが上がらないタコオヤジは、それでも禿頭にまで朱が射してきているのを見ると、案外酔いが回って来ているのかもしれなかった。
酒癖が悪いのか
(なあ、そうだろー、オヤジ―!
ったく、やってらんねーぜ!)
ったく、やってらんねーぜ!)
などと店のジー様に絡み始め、もて余した店主は他の客が来たのを良いことに、さっさと逃げて行った。
(ちっ、クソじじーが!)
とでも悪態をついていたようなタコオヤジの隣に席を占めると、タコオヤジはさっと顔を背けた。
「ジーさん、生ね!
あとモモとネギ間、それから砂肝も焼いてくれないか」
あとモモとネギ間、それから砂肝も焼いてくれないか」
とオヤジに注文し、さりげなくタコオヤジの方を見ると、脇を向いてタバコを吸い始めたタコオヤジが、何かの拍子にふとこっちを見た・・・
0 件のコメント:
コメントを投稿