「失礼。
席の空きがないので・・・」
席の空きがないので・・・」
と声を掛けると
「はあ」とか「ああ」と言うような返事とも言えない返事を短く返したタコオヤジは、顔を背けるようにして居心地悪そうにタバコを蒸していた。
こっちも知らぬ顔を決め込み、さりげなく様子を伺っていると、さすがに向こうは気になる様子で、煙幕を張った向こうからチラチラと窺い見ている。
「久しぶりですな・・・」
「・・・?」
タコオヤジはチラッとこちらを窺い見たようだが、さらに大きく煙幕を張った煙の向こうに息を潜めている。
「どこかで、お目にかかっていませんかね?」
「知らないね・・・人違いでしょ」
視線を外したままのタコオヤジの口調は、恐ろしいまでに冷淡だった。
あまりに冷淡なために、本当に人違いかと考え直さずにはいられなかった。
(う~む・・・
やはり、今までのは夢の出来事だったか?)
やはり、今までのは夢の出来事だったか?)
そう思い直してみると、隣でタバコを蒸かしているタコオヤジが、あのストーカー野郎とは、まったくの別人に見えてくる。
実際に同一人物だったとしても、なにせ10年もの年月が経過しているのだから、確信を持つのは難しい。
つい昨日や、一昨日の印象とはいかないのが厄介であった。
つい先までの確信が揺らぐなか、どう攻めたものかアイディアを捻り出そうとタバコを取りしていると、あたかも隙を伺っていたかのように
「オヤジ・・・勘定だ!」
と、タコオヤジの立ち上がる気配があった。
「えっ、もうお帰りで・・・?」
と、驚くオヤジ。
「まあまあ、そう慌てなくても・・・人違いなら、まことに失礼。
いや、あんまり知った人に似てたものだから。
邪魔者は退散するので、まあごゆっくりどうぞ・・・」
いや、あんまり知った人に似てたものだから。
邪魔者は退散するので、まあごゆっくりどうぞ・・・」
と勘定を済ませるこちらの姿を見ると、独特の仮面のような無表情の中にも、どこかほっとした様子のタコオヤジは、再び腰を落ち着けて呑み直し始めた (。 ̄Д ̄)d□~~
(やはり、これまでの出来事は全て白日夢だったのだ!)
と、狐に摘ままれた気分を引きずりつつ、自らに言い聞かせるようにして引き上げよう・・・という、まさにその時。
「ちっ
くそだ~けが!」
くそだ~けが!」
バンッ!
コップをテーブルに叩きつけるように
「オイ、オヤジ!
お代わりくれ」
お代わりくれ」
「安心感」からか、一瞬に「仮面」をかなぐり捨てたタコオヤジの歪めた唇から吐き出された悪罵・・・かつての電車の中では言葉を交わした記憶もないから、タコオヤジの声は知らないはずだったが、今の「くそだ~け」という声と口調に「やはり、コイツはタコオヤジに違いない!」と確信を得た。
「くそだ~け」とは、名古屋弁の「たわけ」は東京の「バカ野郎」とか大阪の「アホ」を意味する言葉で、これに「クソ」が付くのは「大馬鹿野郎」や「ドアホ」というような最大級の罵倒語である。
これは名古屋人(及び愛知県民など)しか使わない言葉だろうから、この目の前に座るタコオヤジが、少なくとも同郷人であることが図らずも証明された。
これこそ、タコオヤジの「油断」であった。
この「くそだ~け」の瞬間、10数年の時空を遡り、地元に名鉄xx線でしつこく纏わりついてきた「タコ坊」の面影が、目の前のタコオヤジにハッキリと重なり合った!
バンッ!
LARKの箱とライターをテーブルに投げ捨てると、粗末な丸椅子にどっかりと座り直したラッキーボーイ。
怪訝そうな表情でこちらを窺いつつ、改めてタバコを火を点けるタコオヤジ。
「どうも、お久しぶりで・・・」
と再び声をかけると
「だから・・・人違いだと言ったろう!」
と、タコオヤジは苛立たしげに眉を顰めて見せてから、顔を背けた。
そんなタコオヤジの様子を気にしたか、店のジーさんが
「あの・・・人違いのようですから・・・」
と、遠慮そうに声をかけた。
ジーさんにとっては、タコオヤジも大事な常連客なのだろう。
「ま、いーからいーから・・・真相は、すぐにわかる。
それよか、生を一丁くれ!」
それよか、生を一丁くれ!」
「はいよ!」
ジーさんを追っ払って
「名鉄xxx線、新名古屋、xxx、xxx・・・」
と独り言のように、かつて通勤していた路線の駅名を列挙していくと、急にタバコの煙に蒸せたように、タコオヤジが盛大に咳き込んだ。
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