2007/01/14

モーツァルト ピアノ協奏曲第9番『ジュノーム』(第3楽章)

 


彼が古文書館での調査で明らかにした事実は、以下の通りである。

 

まずは、長年「ジュノーム嬢」とされてきた女性は「パリの有名な舞踏家で、モーツァルトの親友の一人だったジャン・ジョルジュ・ノヴェールの娘のヴィクトワール・ジュナミー(Victoire Jenamy)であった」

そして、ヴィクトワールがなかなかの技量を持ったピアニストだったことも、当時の演奏会評などから明らかになった。美しかったかどうかは分からないが、なかなかのピアニストだったことは確かだったようだ。

 

このノヴェールとはその後深いつきあいになり、パリ旅行の時は彼女の力を借りてフランス風の大規模オペラの注文を取ろうととしていた。そして、彼女のために「レ・プチ・リアンのためのバレエ音楽」も書いている。ただし、この作曲に対しては謝礼が支払われることはなかったようで、父親宛の手紙の中で

 

「あらかじめ謝礼がどのぐらい支払われるのか分からないときは、絶対に何も書かないつもりです。今回のは、まったくもってノヴェールへの友情の結果にほかなりません」

などと書いている。

 

最終楽章にフランス風の宮廷舞踏の音楽が挿入されるのは、ジュナミ嬢の祖国フランスを仄めかすウィットだと言われてきたが、どうやらモーツァルトがそこで仄めかしたのはジュナミ嬢の父親だったらしい。

 

これまでも繰り返し書いてきたように、モーツァルトのピアノ協奏曲の大部分は当日に開く「予約演奏会」のため、昼間のうちに書き散らかしてきた「商品」であった。したがってベートーヴェン以降の作曲家のように、なにかをテーマに採った「芸術作品」とは、そもそも次元が異なる。これは誰がどうだということではなく、時代の違いとしか言いようがない。しかしながら、この『ジュノーム』に限っては、モーツァルトにあっては珍しい「なんらかのテーマに基づいて作曲された」貴重な作品であることは確かだと見られるのである。

 

モーツァルトのピアノ協奏曲といえば、大抵の場合話題になるのは『第20番』以降の後期作品ばかりである。全体の出来栄えとして、勿論後期になるほど充実してくるのは間違いないが、初期から中期にかけてもモーツァルトの原点とも言うべき、美しいメロディを散りばめた珠玉の名品が揃っている。その中でも、ひときわキラリと美しい輝きを放つのが第9番『ジュノーム』なのである。

 

この華やかな曲を聴いているだけで、見たことのないパリの名ピアニスト・ジュノーム嬢の清楚なイメージが頭に浮かんでくるようで、曲自体の規模と充実度はどこから見ても後期作品群にヒケを取らない傑作だと断言できる。

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