「死者の書」は「死後に人間の魂であったものが裁判にかけられ、合格すると冥界の王オシリスにお目見えし、死後の幸せの生に再生する、という内容である。
ここに生の世界と死後の世界とに関わる様々の神々が登場してくるが、それが「神々の物語」となるかというと、かなり頼りない。
というのも、大方の文書は「賛歌」の類であり、ギリシャ神話に見られるような「神々と人間の織りなす物語」というものが殆どないからである。
その理由は、太古の人間にとって「神」というのは「繁栄や災厄の除去の祈願や感謝の対象」という「信仰」であり「神への祈願と感謝」だけをやっていれば良かった。
これは、日本も同様である。
民族の歴史の中で、ギリシャ民族の場合のように「賛歌」から「神々と人間の織りなす物語」となった場合もあるが、それは「神々と人間との距離が近かった」ことから起きた現象で、エジプトの場合は常に「神は信仰の対象」だったことから「賛歌」という形に留まった。
そのため神話形式にはなっていないわけで、これをギリシャ神話風にまとめるのは、なかなか難しい。
しかし、様々な文書や絵画などを解きほぐし「テーマ」や「神」をキーワードに、神話としてまとめる作業もされている。
それらの試みは様々の賛歌から、その神についての記述を集めてくるのだが、文書や絵の時代も場所も目的も異なっているため「神」の姿は様々に転化し複雑になってしまい、またその「神」とされるものも恐ろしく多数になり、遂には辞典のようにまとめられ本となっている。
その中で、神話形式として良く知られているものに「オシリスの物語」があるが、これはギリシャ人であるプルタルコスが「イシスとオシリスの物語」という形でギリシャ神話風に脚色したためである。
原語で書かれているエジプト神話として、まとまった形になるのは、古いものでは「ホルスとセトの争い」くらいしかない。
その他のまとまった物語は後代になってのもので、物語形式が一般に知られるようになって以降のものとなる。
●ホルスとセトの争い
20世紀(1931年)になって、発掘された。
このパピルスは、紀元前1160頃のものとされるものの、内容はもっと古い原初のエジプトの神観念を表しているとされる。
オシリス神が支配者として君臨していたが、その継承を主張する息子のホルスに対し、オシリスの兄弟であったセトが自分の方が継承者であると主張し、争いになった。
神々もそれぞれに味方して収拾がつかず、そこで主立った神々が相談し、知恵の神トトに命じて神々の母ネイトの意見を聞かせにやったところ、ネイトは「ホルスが後継者である」と答えた。
セトはこれに怒り、自分の権利を主張し、神々の多くもこれに賛同した。
これに対し、オシリスの妻でありホルスの母であった女神イシスは、あくまで抵抗すると誓った。
こうして裁判となったが、そこにイシスが乗り込んでくることを怖れた神々は、裁判の場所となる島への渡し守に、イシスを乗せないように命じておいた。
しかしイシスは黄金の指輪を報酬に渡し、守を買収してうまく島に渡ってしまった。
そして美しく装いを整え、若い美女の姿で神々の元に赴き、神々の気を引く。
セトも、その女がイシスとは気付かぬまま近づいていったが、イシスはそのセトに向かって「夫が死んだら財産は息子のものとなるのか、それとも違った男のものになるのか」と問うた。
セトが「それは、息子のものとなる」と答えたのを聞き、イシスは本性を現し「鷲」の姿となってセトを嘲った。
セトは騙されたと悟り、イシスを渡した渡し守に罰を下したが、結局、裁定はホルスの勝ちとなったのでセトは怒り、セトはホルスに決闘状を叩きつけ、二人は河馬の姿となって水中で戦った。
イシスはホルスを助けようと投げ針を水中に投じたが、ホルスが引っかかってしまったためイシスはホルスに下がるように命じ、今度はうまくセトに引っかけた。
苦しむセトを見ているうちに、イシスは兄弟であるセト(オシリス、セトは兄弟で、イシスはその妹)に同情心が沸き、これを助ける。
それを見てホルスは怒り、母イシスの頭を殴ってしまう。
イシスは頭を抱えて神々のもとに赴き、神々は不敬の罪を犯したホルスを罰し、盲目にしてしまう。
しかし結局、女神ハトホルがホルスの目を癒してやった。
こうして、再びホルスとセトの戦いは続くことになり、互いに騙しあう。
ホルスは木造の船に石膏を塗り石船に見せかけ、セトは本物の石で船を造ってしまったため溺れてしまう。
ついに知恵の神トトは、冥界のオシリスに手紙を書いて継承権を問うたところ「ホルスである」との返書を得、ここにセトもそれを認めざるを得ず、こうしてホルス賛歌で物語は終わる。
ここには「冥界の王」としてのオシリスと地上での王となった継承者のホルスとが描かれているわけで、こうして古代エジプトでは「死んだ王」はオシリスに同化され、現在の王はホルスとされるということになり、王とはホルスであり、死んでも冥界の王オシリスとして存在し続けるという信仰となっていた。
http://www.ozawa-katsuhiko.com/より引用
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