スクリャービンが神秘主義に傾倒した後期の代表作として知られている。
日本語の「法悦」は意訳であり、原語のまま「エクスタシー」として理解するとよい。この標題の意図については、性的な絶頂を表すと考えるほかに、宗教的な悦びを表す、あるいは両者を包含しているという解釈もある。
オルガン、ハープ、チェレスタなどを含めた四管編成の大オーケストラによる単一楽章の楽曲であり、自由な形式の交響詩とみなされていた時期もあるが、拡張されたソナタ形式を取とっている。これまでの3曲の交響曲とは異なり、決まった調性をもっていない。その代わりに、神秘主義に傾倒して以降のスクリャービンの作品で頻繁に用いられる「神秘和音」を完成させた。
ゆったりした序奏で始まるが、主部では大きくうねるように盛り上がり、金管楽器のトランペットによる頂点が度々繰り返される。このように楽曲の標題だけでなく音楽的な内容もセクシャルであることから、ロシアやドイツで演奏禁止の圧力がかかったと言われている。
「法悦の詩」という邦題だけを読むとイマイチぴんとこないが、原題である「The Poem
of Ecstasy」と聞くとぶっ飛ぶのが、スクリャービンの問題作として知られる交響曲第4番だ。
「エクスタシー」ですよ。自作にこんな題名を付けた人、他にはいらっしゃいません。スクリャービンは、最初の頃は正常なロマン派音楽を書いていたが、30歳近くになるにつれニーチェの哲学に心酔。自分の誕生日が12月25日だったことから神智主義(人間には霊的能力があって、神を見ることが可能なのだという思想)に傾倒、遂には彼独自の「神秘和音」(4音の和声の積み重ね)を多用した非常に感覚的な作風へと没入していく。その作風の代表が、交響曲第3番「神聖な詩」と第4番「法悦の詩」である。
「神聖な詩」も凄いが「法悦の詩」は本当に異常な音楽だ。トランペットが高らかに性的な興奮の盛り上がりを告げ、約20分間の演奏の間に、その主題が姿形を少しづつ変えながら、寄せては返す極彩色の官能の波のように繰り返し繰り返し聴く者を包み、圧倒する。特に最後の3分間のクライマックスは交響曲史上、他に類を見ない圧倒的な音響空間を作り出している。ホルン8本、トランペット5本のすさまじい咆哮によって、官能のうねりは忘我の境地に達し、もはや聞き手は茫然自失、頭は真っ白になる。
スクリャービンは43歳で亡くなっているが、最後に構想していたのが大管弦楽、混声合唱、芳香(匂い)、色彩投影などによる「神聖劇」なるものだった。作者死亡により未完となったが、もし完成していたらと思うと残念でならない。
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