2017/04/03

足柄

足柄地方の北(上)に位置することに因む郡名。足柄上は古代からの郡名で、万葉集に「あしがら」や「あしかり」、「和名抄」に「あしからの・かみ(しも)」とある。郡名は「葦ケ原」の転とする説がある。また、箱根山の杉の木で「船足の軽い船」を造ったことから、「足軽山」と呼んだとする伝承もある。

 

出典http://www.iris.dti.ne.jp/~muken/

足柄(あしがら)郡

 足柄(上・下)郡は、古代から近代の郡名で、相模国の西部に位置し、北は甲斐国、津久井郡、東は愛甲郡、大住郡、余綾郡、南は相模湾、伊豆国、西は駿河国に囲まれます。おおむね足柄上郡は現南足柄市、足柄上郡山北町、松田町、開成町、大井町、中井町、足柄下郡箱根町の北部の一部の区域、足柄下郡は現小田原市、足柄下郡箱根町(北部の一部の区域を除く)、湯河原町、真鶴町です。『和名抄』は足柄上郡を「足辛之加美」、同下郡を「准上」と訓じています。

 

 かつて駿河国と東国とを結ぶ交通路は、丹沢山地を越すのが困難なため、最も古くは富士山の東、御殿場から箱根外輪山の最高峰である金時山(1,213メートル)の南の乙女(おとめ)峠から仙石原を経て碓氷(うすい)峠を越え、明星ケ岳、明神ケ岳を経由して坂本(現南足柄市関本)に至る碓氷路があったという説があります。

 

 次いで律令時代には、駿河横走(よこばしり)駅(現静岡県駿東郡小山町竹之下または御殿場市六日市場付近)から金時山の北の足柄峠を越えて坂本に至る足柄(あしがら)路が東海道(官道)となったようです(平凡社『世界大百科事典』1988年)。

 

 この足柄路は、平安時代初期の延暦21(802)年5月の富士山の大噴火で塞がれたため、臨時に箱根路(永倉駅(現静岡県駿東郡長泉町)から元山中を通り山伏峠の南東に登り、降って芦ノ湖南岸の芦川宿から元箱根、芦の湯、鷹巣山、浅間山、湯坂山を経て湯本に至る路)が開かれましたが翌年足柄路が復旧され、その後幾多の変遷をへて、鎌倉時代には箱根路(湯坂山を経由せず、元箱根から畑宿を経て湯本に至る路)が主要道の東海道となったようです。

 

 郡名は

(1)「足(富士山の足、麓)・柄(「エ」、根もと、麓)」で、富士山の麓の地の意

(2)箱根山の材木から「船足の早い船」が建造されたので「足軽山」といったことにちなむ(『相模国風土記逸文』)

(3)「芦ケ原」の転

(4)「アシ(崖地、自然堤防、微高地)・カラ(高所、微高地)」から

とする説があります。

 

 

 足柄は、万葉集には「あしから」のほか「あしかり」とした歌がみえ、「古くは吉浜、真鶴付近の相模湾沿岸部の湯河原温泉をも包括し・・・古代においては足柄は箱根火山群の全体を包括する呼称であったと解するのが妥当・・・」(『角川地名大辞典』)とする説、「本来酒匂川沿いの地名だったらしい」(楠原佑介ほか『古代地名語源辞典』昭和56年、東京堂出版)とする説などがあります。

 

 この「あしから」、「あしかり」は、マオリ語の

 

 「ア・チカ・ラ」、A-TIKA-RA(a=the...of,particle before names of placescollect;tika,tikaka=hot,burnt,burnt by the sun;ra=wed)、「燃えている(噴火している)山に連なっている(地域。箱根火山とそれに連なる山間地域)」または「アチ・(ン)ガラ」、ATI-NGARA(ati=tribe,clan;ngara=snarl)、「がみがみいう種族(が支配する場所)」(「(ン)ガラ」のNG音がG音に変化して「ガラ」となった。足柄峠は「万葉集では、<足柄の御坂>ともいい、恐ろしい神の支配する峠とされ」ていたといいます(平凡社『世界大百科事典』1988年、渡瀬昌忠氏解説))

 

「ア・チカ・リ」、A-TIKA-RI(a=the...of,particle before names of placescollect;tika,tikaka=hot,burnt,burnt by the sun;ri=screen,protect,bind)、「燃えている(噴火している)山に連なっている(地域。箱根火山とそれに連なる山間地域。または噴火している山が行く手を阻む障害となっている地域)」

 

の転訛と解します。

 

足柄(あしがら)山と金時(きんとき)山

 箱根火山と丹沢山地の間を足柄山地といい、古くは足柄峠付近を足柄山と呼んでいました。その南に箱根外輪山の最高峰の金時山(1,213メートル)があり、西の乙女峠まで平らな尾根が続き、南面は急崖、北面は緩傾斜となっています。 

 

 この「あしがら」は

  「アチ・(ン)ガララ、ATI-NGARARA(ati=descendant;ngarara=reptile(ngara=snarl))、怪物の(死骸の)痕跡」の転訛(「(ン)ガララ」の反復語尾の「ラ」が脱落した)

  「きんとき」は、「キノ・トキ、KINO-TOKI(kino=bad,ugly;toki=axe)、悪い(悪意を持つ)斧」の転訛と解します。

 

 

 神が富士山を釣り上げようとしたとき、怪物が妨害して斧で釣り糸を断ち切り、神の怒りに触れて殺された怪物の死骸が足柄山に、その斧が金時山になったものです。「鉞(まさかり)かついだ金太郎」の伝説は、この富士山釣り上げ神話の断片の記憶が変化したものではないでしょうか。

 

[注]1 「あしがら」には、「あしがり」という別名があったようです(『万葉集』巻14。3368~3370)。この「あしがり」は、

 

「アチ・(ン)ガリ、ATI-NGARI(ati=descendant;ngari=annoyance,disturbance,greatness,power)、(怪物が)妨害をした跡」の転訛と解します。この別名も、上記の「あしがら」とほぼ同じ意味なのです。

 

[注]2 「悪い(悪意を持つ)斧(のような山。金時山)」のような擬人法による表現は、すべての自然に生命を認める古代人の思想に基づく普遍的な表現です。

 

[注]3 「鉞(まさかり)かついだ金太郎」の童話のもととなった伝説は、足柄山に住む山姥が雷神と通じて怪童を産み育て(『新編相模国風土記稿』によれば、出生地は公時(金時)山とされます。また、鉞は雷神の武器の象徴とされています。)、怪童が源頼光に見い出され、坂田公時(金時)となって源頼光の郎党の四天王の一人となり、酒呑童子の退治等に活躍するというもので、『御伽草子』、謡曲『大江山』や、謡曲『羅生門』、『平家物語』、『今昔物語集』などにも登場します。

 

 この「山姥説話」、「怪童説話」は、遠く古代の信仰の流れを汲む「雷神信仰」ないし「怪物信仰」や「処女懐胎説話」に源を発しているもので、「富士山釣り上げ神話」の断片の記憶が変形したものと考えられます。

 

[注]4 「金時山」は、江戸時代からの呼称で、古くは「猪鼻(いのはな)岳」であったという説がありますが、「坂田金時(さかたのきんとき)」伝説からみても、古くから「公時(きんとき)山(金時山)」、「猪鼻岳」の山名があったと考えられます。

 

 この「さかた」、「いのはな」は、

  「タカ・タ、TAKA-TA(taka=heap,lie in a heap;ta=dash,lay)、高い山に居る(または高い山を走り回っている)(金時山で生まれた人間)」

 

 「イノ・ハナ、INO-HANA(ino=momo=descendant;hana=whakahana=hold up weapons)、武器(斧)を振り上げた跡((昔富士山を釣り上げる糸を切った)斧の山)」 の転訛と解します。

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