2007/03/20

スカウト(Gシリーズ第10章)part2

 責任者の立場からすれば、恐らくはこれほど使い難い人間もいないだろう事は容易に察しが付くから、契約更新の度に終了宣言が出ないものかと、いつも半分くらいは期待していたものだ(そうなれば、無条件でスムーズに辞められるのだから・・・)

しかしながら、なぜか案に相違して「今後も是非、よろしくお願いします」と言ってくるのは、一体何故なのだろう。

持てる力を殆ど発揮していないのだから、相手に実力が判るわけは絶対にないのであり、延長依頼をしてくる根拠がサッパリ不明と言うしかないのである。 この調子であれば、向こうから「辞めてくれ」と言って来る事はなさそうであり

(このままダラダラと毎日を過ごしていれば、恐らくはさしたる大過もないまま日々が過ぎていく事だろう・・・)

という考えが、脳裏を過ぎった。

過去の現場に較べれば10万円増しという、まずまず文句のない給料が間違いなく入って来て、今までの生活は最低限保障されるわけだ。何もない時は早めに仕事を切り上げ、月に2回くらい適度に休みを取って旅行に行き、住みたい町アンケートでは毎回のように自由が丘とトップを争っている吉祥寺の分譲マンションに住み続け、満員電車の苦痛を味わう事もなく、自転車でスイスイと井の頭公園の四季を肌で感じながら、走り抜けて行けば良いだけである。

考えようによっては実に程々と言うか、ラクチンな毎日かもしれない。人によっては

「それって結構、恵まれた生活じゃないの?」

と映るかもしれない・・・確かに、新しい職場に移れば給料は下がるかもしれないし、引越しまでのしばらくの間は毎朝早くから、満員電車の通勤地獄にストレスを溜めなければならなくなるのだろうし、9時半にまったり出勤という事は考え難い。しばらくは知らない連中に、それなりに気を使う事も必要だろう。 今までのように、好きな時に有休を使って旅行に行くような自由も、しばらくは許されないかもしれない。

こう考えていくと、ワタクシもこの誘惑に負けそうになる。

(もうしばらく、今のままでもいいんじゃないかな・・・?)

と。

しかしワタクシがやりたいのは、こんな仕事ではなかったハズなのだ!

こんな生産性のない仕事で、これ以上無駄に人生を浪費したくはない。このままでは、何のために東京に出て来たのか・・・この意味がなくなってしまうではないか。

 との考えから、現場に見切りをつけた日の夜、かつて『10ちゃんねる』に書いた『東京劇場』を、久しぶりに読み返してみた。新たな職探しに東京に進出して来た時の模様を、リアルタイムで綴っていた作である。我ながら、非常に熱い。

 仕事があるかどうかも皆目わからない中、東京という大海原に飛び込み、狭いマンスリーの部屋で不自由と格闘しながら、連日ジリジリとした時間を過ごしていたのだったが、現場での半ば死んだような毎日に較べれば大きな目標に向かっていた分だけ、やはり精神的には遥かに密度の濃い充実感があったと言える。

(あの挑戦が、また始まるわけだな・・・)

 決して好んで波瀾を呼び込もうと言う趣味はないし、安定が嫌いというわけでもない。願いはただ、充実感と達成感を味わえるような仕事に巡り合える事のみである。無論、これまでも繰り返して来たように、仕事ばかりは求人案件のタイミングというものがあるから、必ずしも期待するような仕事に出くわすという保証はなく、寧ろその可能性は低いだけに、ある程度はどこかで妥協点を模索する事になるのかもしれない。

現実としては今の現場を辞めても、次にもっといい現場に移れるという保証すらないわけだから一種の賭けのようなものだが、その辺りはやってみない事にはわからない。わかっているのは、同じ後悔するにしても何もせずに後悔するよりは、行動を起こした結果であった方が遥かに救いがある、と言う事だ。

とまあここまでは理想ではあるが、現実問題として果たして良い求人案件が引っ掛かってくるかどうか?

他の業界の事についてはサッパリ知識がないワタクシだが、IT業界では多くの企業が転職の年齢制限を設けている。東京へ進出して来た前回の時で、既に制限を少しばかりオーバーしていたワタクシではあったが、幸いにしてあの時は予想以上に多くの企業から声が掛かった。

 世の中便利になったもので、今はネットで仕事が探せる時代になっている。  転職サイトには「スカウト登録」というものがあり、Web上で経歴を公開(勿論、匿名で)しておくと、興味を持った企業の担当者から声が掛かるという仕組みだ。

前回は合計で20社以上からスカウトメールが舞い込んで来た。勿論、スカウトメールが来たからといって、その企業から無条件に採用されるわけもなく、普通に面接をして採否を決める事には変わりはないが、元々相手がこちらの経歴に興味を持って声を掛けて来ている分だけ、一般の応募よりは効率的であるとはいえた。

結局、前回はトータル約2ヶ月ほどで50社くらいの面接をこなし、採用に至ったもの約10件、宙ぶらりんのまま消えたものや対応が遅かったりでこちらから断りを入れたものが約10件、残りの30件ほどは不採用となったものだが、不採用の中のには面接で担当者と喧嘩したものも数件含まれていた。

採用通知を受けた中の2社(いずれも、小さなベンチャー)からは「是非、正社員として・・・」という有り難い申し出もあったから、トータルで見れば当初考えていたよりは良い感触だったと言えた。

それから、3年近くが経過した。前回の時点で既に転職年齢を若干オーバーしていただけに、今回は前回以上に条件が厳しくなっていると予想される中、久しぶりにかつて利用していた転職サイトにログインして、再度新しい経歴をアップロードした。

5つのサイトに登録したが、どのサイトも前回利用していた時に比べ随分と機能が増えているところに、3年近い歳月を感じずにはいられない。

「これで、どこからも声が掛からなかったら恥だな・・・」

と嫌な予感がふと脳裏を掠めたが、まずは現実を直視しない事には対策の立てようがい。雑念を振り払い取り敢えずはアップロードしておくと、思わぬ事に初日早々から早速2つのサイトで3社からスカウトメールが舞い込んで来ていた。

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