2007/03/21

原点(Gシリーズ第10章)part3

 2006年の現場忘年会は、前年同様に新橋の第一ホテルで行われた。

普段の現場メンバーとの呑み会やら、誰かの歓送迎会といった呑み会には、すっかり出ないのが当たり前になっていたワタクシだけに

(この辺りで、ボチボチ出てみるかな・・・)

と気紛れを起こし、久々に参加する事にした。前年はちょうど、この忘年会の日に障害にぶつかって対応をしているうちに遅くなり、会場に着いた頃にはロクな料理が残っておらず、ヤケクソ気味に残り物のティラミスで酒を呑んで来たという、苦い記憶があった。

この政府機関の忘年会だけは、最初の虎ノ門のホテルを含めて3年続けて、参加した事になる。ただし前回の忘年会後に、現場では要員の入れ替えがかなり頻繁にあったが、その都度開かれる歓送迎会には一度も参加した事がなかったくらい、不義理を重ねて来ている。自分が辞める時も勿論参加する気はないから、入れ替えメンバーの歓迎会だけにして貰うつもりだ。

ともあれ現場から自転車で吉祥寺駅まで行き、中央線で東京駅へ出てから山手線に乗り換え新橋で降りた。この新橋駅から第一ホテルまでは、せいぜいが5分かそこいらの距離だったが、月曜日の19時というのに物凄い人の多さである。人込みが極度に嫌いなワタクシは、新橋と訊いて参加するのが億劫であったが、信号待ちでこの人込みに揉まれているうちに、その脳裏に約2年半前に転職活動のため上京して来た時の情景が、突如として蘇って来たのである。

そもそもワタクシの上京の動機は、IT産業の中枢である東京で自分の持てる力を発揮したかった・・・という、ただその一点のみであった。ここでフト  

(それで、現実はどうなんだ・・・?)

と、自らに問いかける声があった。

なるほど、確かに東京でIT関連の仕事に携わって2年半が過ぎはしたが、このエネルギーに満ち溢れたような新橋の雑踏を肌で感じた瞬間に

(これこそがまさに、本当の東京なのだな・・・今の現場などは、本当の意味での東京とはいえない・・・)

と、痛感せずにいられなかった。

 無論こう書いたからといって、決してワタクシが東京の都心部での仕事に憧れていると言うわけでは全然ない。都会に憧れる歳でもガラでもないし、元々人込みは誰よりも嫌いなワタクシだ。しかし不思議と、この時の新橋の雑踏からは(人込みの鬱陶しさとは、まったく別の次元で)「東京」そのもののエネルギーを強く感じさせられたのである。

(今までは東京でバリバリと仕事をして来たのではなく、東京の片隅の方(あくまでの地理的な事ではなく、もっと広義の意味合い)で己の追及したい路線から外れたところで、自らを誤魔化しながらシコシコとやって来たに過ぎないのだ・・・)

との思いを、痛感せざるを得なかった。

昨年の忘年会の時にも来ていながら、その時はまったく起きなかった強烈な感情である。言うまでもなく、色々な意味で今の現場に見切りをつけたせいもあるが、それだけキャリアを積んで客観的な視野が広がったせいだ・・・と、勝手に解釈する事にした。

(という事はオレはまだ、真の意味で「東京での勝負」をしていなかったのだ!)

これまでの2年半で、痛感した事はなんだったか。また上京した時の面接では、どこへ言っても「ITの中枢都市・東京」をハナにかけ、偉そうな御託を並べ立てていた輩ばかりだったが、専門分野の通信技術やセキュリティに関しては、大手ベンダーの「エリート」と言われる相手にさえ、しばしば不足を感じずにはいられなかった。

(なんだ・・・所詮、東京と言ってもこの程度か・・・これじゃあ、名古屋辺りに較べても、全然たいしたのはいないんじゃないか・・・?)

などと、やや拍子抜けのする場面もあった。が、それは勘違いに過ぎず、現実は「イナカのエリート」を証明しただけであり、前の現場はワタクシの感覚では「東京」ではないと思っている。清も濁も善も悪もお構いなしに総てを丸ごと呑み尽くしてしまうような、あの独特のエネルギーこそが東京本来の姿なのだ。

あの感じを言葉で言い表すのは、なかなか難しい。最初に上京した時に新宿、渋谷、大手町、神田、品川、大崎、恵比寿、浜松町、銀座などに何度も足を運び

(これが東京か・・・)

圧倒的なパワーを肌で感じた、あの忘れ難い感覚である。何の因果か、偶々東京の片隅に追いやられて三年近くを過ごして来たが、ITエンジニアとしてはやはり、業界の中枢に近いところで腕を磨いたり試すのでなければ、東京に出て来た甲斐はない

既に契約更新をしないハラを固めた後に、現場責任者のT氏に世間話を装ってその話をしたが

「あんな人が多いところの、どこがいいんですか」

と、一笑の元に片付けられてしまった。ワタクシが言いたかったのは人の多さなどではなく、あの世界の中枢といわれる大東京を形成している独特のパワーであったが、所詮そのような理解しか出来ない相手では、ハナからオハナシにもならない。話す相手を間違った事を、激しく後悔した。物事の表面のみに縋って生きる人種などとは、所詮価値観は共有出来ぬ。

前の年は仕事で遅れて行ったため、デザートのティラミスくらいしか残っておらず、ヤケクソ気味にティラミスで酒だけを大量に飲んで来たが

(何の因果で第一ホテルの宴会場で、残り物のティラミスを喰わにゃなわんのか・・・)

との思いがあった。

(今年こそは大いに、ご馳走を食べ散らかしてやるぞ・・・)

と勇んで来たようなところもあったが、正直なところ目の前に並んでいるご馳走を見たり周囲ではしゃいでいる若い同僚などは、最早まったく視野に入っていなかった。

勿論、現実としてはタイミングの問題なども大きいから、結果的にはそういった中枢に近い現場に入る事になるか、ハタマタ今以上に辺鄙な「東京のチベット」で働く事になるのかはわからない。そうした結果は結果として、この感覚を蘇らせ東京に出て来た本来の意義を再確認できた事こそは、思わぬ収穫だった。

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