2008/02/20

終息(東京劇場・第5章part5)

 どれが真相なのか実際のところはわからないが、こちらとしては一番困るのが

「『この件について自分は手を引くから、後はよろしく頼む』

との言を残して、E社のJ社長がさっさと撤退してしまった」

という、A社のTマネージャーの発言が嘘であった場合だ。

それ以外であれば、どれにしても特に問題になることはないだろうが、A社のTマネージャーの発言が嘘であったとすると、話はガラリと変わってくるのである。


A社のTマネージャーは 

「『E社のJ社長が、自分は手を引くから、後はよろしく頼む』と言ってきた」

という事だったが、実はこれが嘘であったと仮定する。実はE社のJ社長とD社のK氏は、なおもXプロジェクトの件をまとめようとして協議を重ねた結果、両社にとっては儲けが薄くはなるが今後の展開を含めて、今回は多少無理な設定をする事に決めた・・・もしそうであった場合、このまま今の流れでA社と直接契約をしたのがE社もしくはD社にわかった場合、面倒な事になりはしないか?

トラブルに発展する危険性は、大いにあると考えざるを得ないのではないか。


最終的にD社が提示してきた単価は、当初の希望を僅かに上回るところまで来た。が、その前にA社から提示された単価は、それよりも時間当たり1000円近く上回っている。これは、我々庶民レベルでは物凄く大きな差であるから、A社のTマネージャーの発言が嘘でなければ、迷わずA社との契約を選びたいところだ。


が、そうであれば今更、D社から条件提示が出てきたのが不可解に思えてくる。D社、もしくはE社の勘違いであれば事は簡単だが、そうでなくA社のTマネージャーが嘘を吐いていたとしたら、後々面倒なトラブルに発展しかねない。元々、最初に声を掛けてきたのがD社であり、ここへ来て設定単価も希望に沿ったものが出てきたから、こうなれば儲けはかなり薄くなるが欲を張らずに、D社と契約するのが筋にも思えた。


ただしD社にしても、最初の交渉の時には

「これ以上はビタ一文上げられないから、これで納得いかなければ辞退してくださって構いません」

と言っていたのが二転三転して、結局当初の希望単価を上回ってきた辺りを見ると、あたかも

(最初はトンデモなく、マージンをとろうとしていたのではないのか?)

と、疑惑を持ってしまうのである。


ともあれ、A社のTマネージャーに真偽を確認してみる事にした。

「D社から、そのような話が来ましたが・・・」

「私には、わかりません。なぜ、今頃そんな話が出てきたんだろう・・・」

「前にも言ったように、トラブルが嫌なのでもう一度確認しますが、E社のJ社長が『手を引く』と言ったというのは事実でしょうか?」

「事実です。E社の J社長は『自分は手を引くから、よろしく頼む』と言って来ましたよ」

「だとすると、この段階でD社からあのような連絡が入る事は、あるはずがないんですが・・・」

「それは私も、不思議に思っていますが。しかし私の方では、最初から単価の設定は変えていないし、 J社長から単価の交渉の要請なんて、一度も来ていないからね。私には、まったくわけがわからない・・・」


これが本当ならば、J社長がD社のK氏に正しく伝えていなかったのかもしれない。


「いずれにしても、私は嘘は吐いてないよ。なんなら J社長を呼んで引き合わせてもいいですよ。私はJ社長とは懇意だから、そうした場を設けることは出来ます」

と、前回と同じ事を言った。


「それは結構ですが・・・前にも申し上げた通り、こちらとしてはトラブルだけは避けたいので、とにかくクリアな形で入りたいと思っています」

「トラブルなんかが起こる余地は、ないと思います。アナタはD社とやらが、2度も増額の設定をしてきたという事ですが、そもそも私の方では1度として、金額を変えていませんからね」

「ともあれD社が提示してきた単価は、当初の希望をようやくクリアしてきました。勿論、御社の設定に比べれば全然少ないですが、これでD社を辞退して御社と直接契約をする理由がなくなったとも言えるので、当初の想定通りD社と契約してやるのが一番筋が通っているという気もしてきましたよ」

「それは困る。もう注文書も出したし、社内での処理が済んでいるのだから、是非うちでやってもらわないと・・・」


確かに、既にここまで動いて来た流れを変えるのは、理に反するのである。


「E社のJ社長が『手を引く』と言ったのが事実で、トラブルが起こる余地がないというのが担保できるのであれば、問題はないですが」

「問題なく、担保できます」

「では念のため、E社のJ社長に

『Xプロジェクトの件は、要員が決まった』という内容の「終息宣言」を出していただけますか?

なんといっても、まだE社とD社が動いているようなのが、今後に不安材料を残しそうなので」

「わかりました。では、すぐにも出しましょう」

と、話がまとまった。


そして数時間後、Tマネージャーから

「E社のJ社長に『Xプロジェクトの件は、要員が決まりました』という終息宣言を出し、了解の回答を貰った」というメールが来て、二転三転した契約をようやく終えたのである。

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