2008/02/17

驚き(東京劇場・第5章part2)

確かに、そうだった。

 

まだ幾らか釈然としない気持ちは残っていただけに、この時点では100%受けるまで意思は固まっていなかったが、まず根本的には自分の方向性に合った仕事に付きたいという願望があって、それが自ら設定した条件をクリアしていることであれば、こんな良い話はない。

 

あとは引っ掛かりが解消できるかどうかについて、T氏に直接真意を確かめてみればいいのである。そうであれば、一人でゴチャゴチャと考えていても仕方がないから、総ては話を聞いてから判断する事だと考え、新宿に向かった。

 

指定されたアルタに赴くと

「早速、ランチでも食べましょう」

と木曽路に誘われたが、満席との事で新宿中村屋のカレーバイキングに変わった。

 

「いやー、参った参った・・・Cさんから連絡貰って、ビックリしたよ」

 

何種類ものカレーと旨いナンを堪能した後、話はいよいよ核心に移る。

 

「電話でも話した通り、条件的に合わないという事だったみたいだけど、そっちの方は全然、問題ないです。ともかく、E社のJ社長からは『自分は、この件から手を引く』と連絡が入ったので、こうしてお呼びしました。再度、希望を聞かせてもらいたい」

 

「元々、D社に伝えていたのはxxでした。この算出根拠は、前職実績ベースです。私としては前職以下の条件でやるつもりはないと、D社には最初の面接で伝えていたにも拘らず、それを下回っていたので話になりませんでした」

 

「わかりました。いやそのくらいであれば、全然問題ありませんよ。金額以外では、特に引っかかる点はないんですね?」

 

「まあ、この前もお話したように技術レベルが高そうなので多少の不安はありますが、そこは努力で埋めると決めた事だから、基本的には単価が合わないのが総てと考えてます」

 

「では、にゃべさんの希望を考慮して単価設定をしましょう」

 

というと、T氏はノートとペンと電卓を出して計算を始めた。

 

「まず、私の案を聞いてください。希望単価を考慮して、私としては時間当たりxx円くらいと考えていますよ」

 

とT氏から提示された金額は、ナントD社の提示額を1000円以上も上回っていた

 

仮に平均的な値をとって、月に180時間稼動したと計算すると、軽く約20万の増収となる計算だ。

 

あまりの予想外の提示に、なんと返事をして良いか考えていると

 

「それと、以前に稼働時間が短くなる事を心配しておられたので、これとは別に月額固定の案も用意してきました。この場合だと、例えば最初に聞いていた「月額xx万」で、基準時間を120-150くらいで設定する。勿論、基準時間を超えた場合は、超過手当てを別途上乗せする形でね。どちらでも、にゃべさんの良いと思う方を選んでもらえば良いですよ」

 

基準時間は「160-180」程度で設定されるのが普通で「120-150」というのは、通常は考えられない設定だ。残業もなく、18時間稼動した場合で15日で120時間だから、極端に言えば月の半分しか出なくても、希望額が保障されるという設定である。

 

「まあ、幾らなんでも稼動が120という事はないでしょうから、これなら希望額を下回る事は、まずないでしょ?」

 

「確かに。寧ろ、私としてはそんなに休むつもりもないので、基準時間は一般的な「160-180」程度で、充分だと思ってます」

 

「いいから、基準時間は「120-150」くらいの設定にしましょう。これなら、かなり稼げるんじゃないかな?」

 

と、電卓を叩いて計算を始めた。

 

「超過精算は月額を135で割った額にすると、180稼動したらxx円で・・・やっぱり計算すると、時給にした方が割りは良さそうだね」

 

と、T氏は時間清算にしたいようだった。

 

「にゃべさんのお好きな方で・・・どっちがいいですか?」

 

「どっちにしても希望額を遥かに上回っていますので、私はどちらでも。TさんやA社としては、時間精算の方が都合が良いですか?」

 

「そうだなー。にゃべさんの良い方でいいけど、それじゃあ時間精算にしますか?」

 

「いいですよ。ただ、金額がちょっと高過ぎて・・・」

 

「時間精算の場合、さっきも言ったようにxx円で考えています」

 

「それだと、最初の希望で出していたものより、かなり多いですからね。最初の希望通りの金額で良いですよ」

 

「いや、それは私が困る。一度、提示したものを引っ込めるわけには行かないよ」

 

と、変な拘りをみせた。

 

こちらとしては、沢山もらえればそれに越した事はないような話だが、実際にそれだけの予想外の額を提示されると、技術者としての良心が咎める。

「果たして、それだけの技術が伴っているだろうか?」

と、余計な事を考えてしまうのである。

 

「では、これで契約成立という事でいいですか?

契約書は、これから戻って直ぐに作りますが」

 

「やはり、金額が高過ぎるなー。それに見合う技術はまだないし、正当な額にしてもらいたいです」

 

評価が低くて上げろという交渉ならともかく、いつもとは逆に金額が高すぎるから下げてくれと頼むという、恐らく後にも先にも二度とないような「珍妙な交渉」になった。

 

元々の希望プラス200300円程度か、或いは500円多いくらいまでであれば喜んで受けただろうが、このように1000円も高いのでは正直、気が引ける。が、その一方

 

(それだけの設定になったら、かなり贅沢が出来るだろうな・・・)

 

という人並みの欲も頭を擡げてきたのは、やはり否定できない。そうして迷っているこちらの胸中を知ってか知らずか、T氏は直ぐにも決めてしまいたい風だった。

 

「じゃあ、こうしましょう。時間単価を100円下げて、xx円にしましょうか?」

 

最初は「希望+300円」で、手を打とうと思っていたが

 

(しかし考えてみれば、こんなチャンスは二度とないだろうし、折角相手もああ言っていることだから、この際乗ってみるのもいいか・・・)

 

などと、段々と欲が出てきて


「それでは、時間辺りxx円でいいですよ」


と「希望+600」を提案すると


「いやいや、XX円にしましょう。これで決定だ」

 

結局、当初の提示から100円下げただけで、高額な単価upの設定で強引に押し切られてしまった。

 

「わかりました・・・が  先にも話したように、後々の引っかかりを残したくないので、しつこいですが最後にもう一度だけ、確認させてください」

 

「はぁ・・・?」

 

「話が戻りますが、この件についてはまずD社から声が掛かったので、本来ならD社からすんなりと入るのが筋でしょうが、そこでは単価が合わないので断った。

この時点で、私はD社のXプロジェクトを辞退した事になり、活動は振り出しに戻った。と同時に私とD社との間には、なんらの関係や拘束力はなくなった」

 

「うんうん・・・」

 

「次にA社から、Xプロジェクトの話が来た。案件自体はD社から来ていたのと同じだったが内容も良く、今度は単価もクリアしているので合意した」

 

「その通りです」

 

「私とD社とは、その前に辞退をしているので、まったく関係がない・・・という理屈には、確かになる・・・ただし・・・やはり引っ掛かりがないと言えば嘘になる」

 

「どうして?」

 

「ただし、先にTさんが言われたように、E社のJ社長が本当に『自分は、この件から手を引く』と言ったのであれば、D社としてはXプロジェクトへの参画ルートがそもそもなくなるので、問題はなくなると考えます」

 

「そうです。総て仰る通りだし、先にも言ったようにE社のJ社長が、向こうから『自分は、この件から手を引く』と言って来たのは、事実です」

 

「それは・・・Tさんが言わせたのではない?」

 

「全然、違います。なんなら、私が言っていることが事実かどうか、今からC社長に電話で確認して貰ってもいいですよ。私はJさんとは懇意だから、そのくらいは幾らでもやりますよ」

 

「いや、これで引っ掛かりが解消しましたので、もう結構です」

 

と、T氏に礼を言って別れた。

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