2016/10/12

回復兆候(真夏の悪夢part5)



 これまで風邪以外の病気にかかったことのない身にとっては、入院病棟のイメージが湧き難かったが、過去の少ない見舞い体験から狭いベッドが並んで白い壁に囲まれた「監獄」的イメージが強かった。
 
 が、さすがに18000円近い差額ベッドの部屋のためか(?)、南側一面の窓からは外の景色がよく見えたし、2人部屋だが入っているのは自分1人だから窓を開けた病室は解放感があり、ゴロゴロしながらオリンピックが観られることもあって、思ったほど悪くはなかった。
 
 なにより点滴の薬の取り換えなどで、ちょくちょくと顔を出す看護婦さんの顔ぶれが毎日のように変わり、みんな優しいので直ぐに軽口をたたいたりして
 
 (思ったより、悪くはない・・・)
 
 と思った。
 
 タバコや酒がやれないことにより、中毒症状のようなものが出るかと心配したが、さすがに痛みや体調が悪いせいか特に欲求は沸いてこず、食欲も感じなかった。
 
 困ったことと言えば、元々寒がりの体質だけに病室が寒かったことだ。
 
 部屋の空調は、25に設定されていた。
 
 この頃の東京は、連日35を超えるような猛暑の日が続いているとTVのニュースで伝えていたが、病室内は肌寒かった。
 
 病室でレンタルする病衣が、上下ともに7分丈のペラペラの生地だったから
 
 (長袖のシャツや、ジャージのズボンを持ってくるべきだった・・・)
 
 と思ったものの、後の祭りである。
 
 5階だから涼しい風が入るのではないかと窓を開けると、生暖かい風が入って来た。
 
 天気の良い日が続いたため日中は窓を開け(飛び降り防止のためか、少ししか開かなかった)、寝る時は温度設定を28にしたが、看護婦が入ってくる度に
 
 「この部屋は暑いですねー!
 暑くないですか?」

 
 と何度も言われた。

----------------------------------------------------------------
8月7日(日)
 ごろ寝しながらオリンピック観戦を続ける。
 
 まったく、ちょうどこのタイミングでオリンピックをやってくれていたことに感謝だ。
 
 そうでなければ、TVを見る習慣がない身には退屈で死にそうである。
 
 痛み(炎症)が強い時は発熱しているようで、特に寝ているときなどはかなりの寝汗を掻いたから、毎日シャワーを借りた。
 
 普段からシャワーと洗髪は毎日欠かさなかっただけに、1日でも欠かすと気持ちが悪い。
 
 本当なら風呂に入りたいところだが、病院には風呂はなくシャワーのみだったため
 
 「毎日、使いたい」
 
 と言うと、看護婦から
 
 「えーっ、毎日?」
 
 と呆れられた。
 
 この時だけは点滴の管を外すが、それ以外は「絶食24時間点滴」である。

----------------------------------------------------------------
8月8日(月)
 朝、7時前に看護婦がやって来て起こされる。
 
 寝起きとともに採血だ。
 
 入院前ほどではないが、まだ痛みが続いていて、しばしば痛みに襲われる。
 
 もっとも、入院前は食事をしたり酒を飲んだり仕事もしていたから、その時より少しはマシになるのは当然だったが。
 
 昼過ぎに、院長が回診に来て触診。
 
 腹部を押されるとまだ痛みはあるものの、少しマシになったようだ。
 
 朝の採血の結果が出て、痛みを表す指数が入院前の計測不能(7以上)からまで下がっていた(ただし、基準値は「0.3」以下
 
 入院目安は10-20以上だから、いい感じで下がっている(当初はなんと25もあった)
 
 「少なくとも悪くはなっていないので、もうしばらく安静にして下さい」
 
 と院長が言った。
 
 消灯時間は21時だが、2人室で自分ひとりだから枕もとのスタンドを点けてTVを観る自由はある。
 
 夜はオリンピック中継が連日ライブだったため、退屈しなかった。

----------------------------------------------------------------
8月9日(火)  
 入院4日目。
 
 相も変わらず、朝から夜までゴロゴロしながらオリンピック観戦三昧だ。
 
 TVカードは1000円で13時間観られるが、2日に1枚のペースで買っていた。
 
 この日の夕方か夜くらいから、痛みが薄らいだ感覚があった。
 
 医師の回診は院長と外科部長だったが、この日は見慣れない医師がやって来た。
 
 痛みが薄らいだことに力を得て、ダメ元で
 
 「タバコは、まだダメですかね・・・」
 
 と聞くと
 
 「まあ実際には、あまり関係ないですがね・・・」
 
 「じゃあ、吸っても良い?
 と言っても、吸う場所がないんでしたっけ?」
 
 病院内に「館内全面禁煙」の看板が掲げてある。
 
 「みんな吸ってるところが、あったんじゃないかな・・・看護師さんが詳しいので、聞いてみてください」
 
 後で調べたところでは、非常勤の医師だった。
 
 直ぐに看護婦が来たので、聞いてみると
 
 「タバコなんて、ダメです!
 入院患者さんは、原則禁煙ですよ!」

 
 「でも、さっきの先生が、いいって言ってたから」
 
 「えー?
 先生が、そんなこと言うハズない・・・」

 
 「言ってたよ・・・じゃあ、確認してみてよ」
 
 「先生って、院長?」
 
 「いや、院長ではなかったな・・・」
 
 「A先生?」
 
 「いや・・・なんか初めて見る先生だったけど・・・」
 
 「おかしいな・・・ちょっと確認してきます」
 
 しばらくすると、先ほどの非常勤の医師が戻って来て
 
 「どうも入院患者さんは、タバコはダメみたいですな。
 まあ、もう少し我慢してください・・・」
 
 この日まで4日間吸っていないので我慢できなくはないが、一旦「吸える」と喜んだだけに、糠喜びの失望は大きい。

0 件のコメント:

コメントを投稿