交響曲第2番 ニ長調 作品36は、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの書いた2作目の交響曲である。
概要
断片的な着想は第1番作曲中の1800年に遡り、1801年から本格的な作曲が開始されている。1802年3月には完成されたと考えられ、1803年4月5日、ウィーン近郊アン・デア・ウィーン劇場で開かれたベートーヴェン作品のみの演奏会で、ピアノ協奏曲第3番、オラトリオ『オリーヴ山上のキリスト』とともに初演された。
この作品が作曲されたのはベートーヴェンの持病である難聴が特に悪化した時期であり、1802年10月には「ハイリゲンシュタットの遺書」も書かれているが、作品内に苦悩の跡はほぼ見られない。エクトル・ベルリオーズは「この交響曲は、すべてがにこやかだ」と評している。
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第2番の交響曲を特徴づけるものの一つは、第1楽章の冒頭に長い序奏を持つことです。
それが深い感情を表出するようになるのは、後年のベートーベンの一つの特徴となっているのですが、ここでも軽い悲劇性が滲み、その終わり近くで登場するファースト・ヴァイオリンによる急速な下行句は強い印象を与えます。
その下行句に続いて弦楽器が勢いよく第1主題を提示するのですが、それもまた18世紀の交響曲にありそうでなかったスタイルです。
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もし交響曲第2番を残した後でベートーヴェンが没しても、この曲で彼の名は歴史に残るだろう、と誰かが解説で書いた。なるほどその通りだろう。「英雄」交響曲が生まれなかったら、それ以後の交響曲の歴史は全く違ったものになり、その中で目立っていたであろうからだ。
およそ1800年以後シューベルトが現れるまで、交響曲はベートーヴェンのもののみが生き残っているだけなのであるからだ。しかし現実は違うのだ。「英雄」は世に生み出され、交響曲第2番はじつに目立たない存在になってしまったのである。
しかし、この曲は決して地味ではない。第1楽章はエネルギッシュであり、第2楽章はおだやかではあるが芯はあり、第3楽章は諧謔性がほどよくブレンドされ、第4楽章は快活さでめまぐるしいかと思えば流麗でもある。私は大好きだ。
交響曲第2番
第1楽章
序奏が長く内容が豊かであることの説明をしたくなるが、やはりアレグロであるソナタ形式主部に耳が行ってしまう。この第1主題とそれに続く部分は、交響曲第1番より荒々しい。ということは、モーツァルトやハイドンとは比較にならないほど荒々しいのである。誰もこのことに言及してくれない。なぜなら「英雄」の第1楽章の方が、もっともっと豊かで荒々しいからである。
第1主題の後半に出てくる、バイオリンによる目が回るほどの急降下からして、それまでの曲とは違う何かを持っている。そして第1主題がもう一度演奏されてからのフォルテの部分、すなわち第2主題が現れるまでの荒々しさが聴きものだ。息をつかせぬ爆走は、この曲にすでに現れているのだ。「英雄」交響曲に至る道程の証しが、このようなところにあるのだ。展開部も再現部も、基本的な荒々しさは失われていない。そのために第2主題が現れたときのすがすがしさよ。しかし、すぐにフォルテになってしまうのだ。ベートーヴェンは、とにかく「男らしい」のである。
この曲ではコーダが白眉である。これも別ページで書いたから示すのみに止めるが、ベートーヴェンのコーダはクラシック音楽の世界では熱血さで突出した存在なのである。「熱情」「ラズモフスキー第3番」交響曲第5番、「第7」「第9」「エグモント序曲」「レオノーレ序曲」、これだけ並べてコーダの熱気を思い出した場合、他の作曲家は彼の足元にも及ばないのである。
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