カレリア(Karelia)は、フィンランドの南東部からロシアの北西部にかけて広がる森林と湖沼の多い地方の名前である。そこに住む人たちのことをカレリア人と呼ぶ。フィンランド、ロシア、スウェーデンにとって歴史的にも重要な地方である。カレリアは、フィンランド人にとっては精神的な故郷ともいわれる。
国民的な叙事詩「カレワラ」は、19世紀半ばにカレリア各地に残っていたフィン人の伝承や歌謡をもとにエリアス・リョンロートによって編まれたもので、作曲家ジャン・シベリウスの交響詩「フィンランディア」もカレリアの原風景から、その着想を得たものだといわれている。
現在ロシア領となっているホワイト・カレリア以北のコラ半島を中心とした地域は、同じウラル語族のサーミ人の歴史的地域でもある。また、現在ロシア領となっているイングリア(Ingria, インゲルマンラント)は、フィン人を構成するフィン・ウゴル族(ウラル語族)の故地でもある。
1892年に結婚したシベリウスは、新婚旅行にカレリア地方を訪れた。カレリアは、フィン人の発祥の地であった。シベリウスはカレリア地方の民謡や伝説に、作曲のインスピレーションを得た。
翌1893年、シベリウスはヘルシンキ大学のヴィープリ出身の学生の団体から、その年の秋に行う野外歴史劇のための音楽を依頼された。この歴史劇は、カレリア地方の13世紀から19世紀までの歴史を、7つの場面で描くものであった。野外劇は1893年11月13日にヘルシンキで上演され、音楽はシベリウス自身の指揮で演奏された。
発表後の評判は悪く、シベリウスはこれを失敗作として廃棄した。しかし、このうち1曲を序曲として残し8曲を選び、それを組曲とした。これらは、劇の上演から6日後の演奏会で演奏された。
組曲は、さらに以下の3曲に絞ることにした。
・第1曲:間奏曲
劇の第3景、リトアニアの王女ナリモンドが、カレリアの住民から税を取り立てていた時代の場面の音楽。ほぼ1つの主題の繰り返しからなる。
・第2曲:バラード
劇の第4景、ヴィープリの場内で吟遊詩人が歌う場面の音楽。原曲ではバリトン独唱が入った。
・第3曲:行進曲風に(アラ・マルチャ)
このため『カレリア』は最終的に「序曲」op.10と「組曲」op.11の2つの作品として、1906年に出版され今に残ることになった。
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