『古事記傳』11-1.神代九之巻【八千矛神御妻問の段】
口語訳:八千矛の神は、越の国の沼河比賣を妻にしたいと思って、その比賣の家に行って、次のように歌った。八千矛の神は、この八嶋国に妻を求めることができないでいたが、はるばると越の国に賢く美しい娘がいると聞いてやってきた。太刀の紐も解かず、上に着る襲もまだ脱がないのに、乙女の部屋の閉じた板戸を押したり引いたりしながら外に立っていると、山では鵺(ぬえ:トラツグミ?)が鳴く、野には雉が鳴き、庭で鶏が鳴く。忌々しくも鳴くことだ。みんな打ち懲らしてくれ。天の馳使が、この物語を、こう歌に伝えました。
口語訳:沼河比賣は、まだ戸を開けないで、中から歌で答えた。八千矛の神よ、平凡な女ですから、心は、今は浜辺の千鳥のように騒いでいますが、後ではなどり(平和)に静まりますのに、命だけは失わないでください。天の馳使が、この物語を、こう歌に伝えました。
口語訳:青山に日が沈むと、夜には出てくる。朝日のように微笑みかけるとき、白い腕で若々しい胸に触れ、互いに抱き合って、互いの手を枕にして、足をゆったりと伸ばして寝ようとしているのに、ああ、恋の言葉を言わないで。八千矛の神よ。この物語は、こう歌に伝わっています。
『古事記傳』11-2.神代九之巻【宇伎由比の段】
口語訳:ところで、その神の正后であった須勢理毘賣命は、甚だ嫉妬深かった。夫の神はやむを得ない事情で、出雲から倭へ行こうとした。服装を整えていざ出ようとするとき、片手を馬の鞍にかけ、片足を鐙にかけて、歌った。黒い衣を入念に身に着けて、水鳥が長い首を曲げて自分の胸を見るように、自分の服装を、袖を揚げて見た。これはよくない、磯に投げ棄ててしまえ。青い衣を入念に身に着けて、水鳥が長い首を曲げて自分の胸を見るように、自分の服装を、袖を揚げて見た。これもよくない、磯に投げ棄ててしまえ。山里で求めた、茜の絞り汁に染めた衣を入念に身に着けて、水鳥が長い首を曲げて自分の胸を見るように、自分の服装を、袖を揚げて見た。これこそよろしい。恋しい妹の命、群鳥のように、私が大勢で群れて行ったなら、または引け鳥のように、みんなに引かれて行ったなら、「泣かない」とあなたは言うが、山の一本薄は頂をうなだれている。あなたが泣き出すときには、涙の霧が立つに違いない。若草のような私の妻よ。この物語を、こう歌に伝えております。
口語訳:そこで后は大きな杯を取り、八千矛の神の近くに寄って、次のように歌った。八千矛の神の命、私の大国、あなたの場合は、男ですから、目に入る島の崎々、磯の崎まで、あらゆるところに妻を持つでしょう。私はやっぱり女ですから、あなたの他に夫はいません。飾り布を垣のように巡らし、ふんわりした幕の下に、暖かい床を敷き、柔らかい幕の下に、木綿の床を敷き、さやさやとさやぐ幕の下で、柔らかな若々しい胸に、白い腕で触れ、互いに抱き合って、互いの手を枕にして、足をゆったりと伸ばして寝ましょう。どうぞこの美味しい酒を召し上がれ。こう歌って、杯を交わして誓い合い、肩を抱き合って並んでいた。この後、今に至るまで、そこに留まっている。これを神語という。
11-3.神代九之巻【大國主神御末神等の段】
口語訳:この大国主神が、宗像の奥津宮にいる神、多紀理毘賣命を娶って生んだ子は、阿遲スキ(金+且)高日子根神、次にその妹高比賣命、またの名は下光比賣命である。この阿遲スキ(金+且)高日子根神は、今迦毛の大御神という。
口語訳:大国主神が、また神屋楯比賣命を娶って生んだ子が事代主神である。また八嶋牟遲能神の娘、鳥耳神を娶って生んだ子が鳥鳴海神<鳴は「なる」と読む>この神が日名照額田毘道男伊許知邇神を娶って生んだ子は國忍富神。この神が葦那陀迦神、またの名は八河江比賣を娶って生んだ子は速甕之多氣佐波夜遲奴美神である。この神が天之甕主神の娘、前玉比賣を娶って生んだ子は甕主日子神である。この神が淤加美神の娘、比那良志毘賣を娶って生んだ子は多比理岐志麻流美神である。この神が比比羅木之其花麻豆美神の娘、活玉前玉比賣神を娶って生んだ子は美呂浪神である。この神が敷山主神の娘、青沼馬沼押比賣を娶って生んだ子は布忍富鳥鳴海神である。この神が若晝女神を娶って生んだ子は天日腹大科度美神である。この神が天狹霧神の娘、遠津待根神を娶って生んだ子は遠津山岬多良斯神である。このくだり、八嶋士奴美神から遠津山岬帶神まで、十七世の神という。
0 件のコメント:
コメントを投稿