II 京料理の基本
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京料理と出汁
京料理に何が大切かというのは、京料理に限らずどんな料理でも大切なのは出汁である。日本の出汁というのは、昆布と鰹が主である。外国の出汁は、動物性のものと植物性のものをことこと炊いて時間をかけて抽出したおいしいスープ、おいしい出汁になるというのである。フランス人に言わせると、日本の出汁は昆布とかつおで短時間でできあがり。フランスの出汁は、ことことていねいに時間を掛けると言うけれども、日本の出汁は素材そのものが何ヶ月もかけてつくりだし、それを使って短時間にひくというところに特徴があるといえる。
まず出汁を引くには、昆布は硬水にするとそのうま味が出ないので軟水で出汁をとる。今年はうまみが発見されて100年で、池田菊苗先生のうま味が認められて100年目の年である。その昆布のうま味が本当にすばらしいと思うのは、夏解禁になって昆布がとれたそのとき、とれてすぐというのは昆布出汁はでない。1年寝かしてひね、2年以上ねかして大ひねとなる、私どもの乾物屋では、その年のとれたものをそっくり店ごとにわけてしまっている。
瓢亭では昔から利尻の一等の昆布をとってもらい、それを大体3年から4年寝かして大ひねにして、それから店に入れてもらっている。であるからほかの店の人がこの昆布がほしいといっても、これは瓢亭の昆布だからということでわけない。利尻昆布が一番いいのだが、利尻昆布というのは北海道の左上の方の利尻、礼文、香深のあたりでとれる真昆布の種類で、それらの昆布は地下水が湧いていて状況が違うらしい。
そういう昆布を出汁に使うと、一番澄んでうま味の強いおいしい出汁がひけるというのである。羅臼昆布は、幅が広くてものすごく長い昆布、出汁をひくと色も濃く出汁も濃い出汁が出る。それでうちの店では、色が出過ぎて使いものにならない。だいたいよく求肥昆布に加工される。日高昆布もおいしい出汁が出るけれども、やわらかいので煮昆布、昆布巻、塩昆布そういったものに使われる。
出汁に使っている利尻昆布の量は1回380グラム、使ってその都度捨てる。新しい女中さんらが、もったいない欲しい言うて持ってかえるけど二度とくれとは言わない、それは持ってかえって手間暇かけて塩昆布を炊いても、かたくて美味しくないからである。それが利尻昆布のいいところである。
水8升に利尻昆布380グラム、まぐろの削り節が350グラムで出汁をとっている。昆布の表面を水でさっさと洗って入れる、それは8升の水に380グラムの昆布を使っているからで、昆布屋さんに言わせると昆布の表面にはうま味があるからもったいないといわれるが、水に対して昆布をたくさん使っているので出汁が辛くなるため、わざと表面の塩分を落として使っているのである。温度は65度から70度で、ずっとひいていくと1時間前後でうま味が抽出できる。昆布は65度から70度がうま味だけが出て、雑味が出ない状態である。それで1時間前後やったときに、おいしいなと思う出汁が出たら昆布を引き上げて温度を上げ、沸騰寸前になってきたら350グラムのまぐろの削り節を入れる。まぐろは荒節と本枯節の雄節と、雌節の血合抜きをまぜたものを使っている。その削り節を入れて、静かにしずめ表面のアクをとり火を止めて15分から20分ぐらいおいておくと、おいしい出汁が出る。
出汁のひき方というのは料理人が10人いたら10人共違うぐらいのもので、みな我流である。私も以前は店の方で違うやり方でやっていたけれども、自分なりに考えてやり出して落ち着いたのが、このやり方である。これは1回ひくときもあれば、2回ひくときもある。暇なときは半量ひいたりもする。鰹節、まぐろ節、さば節、いわし節といろいろあるが、いずれもナマぎり、大きい魚だと五枚におろして小さい魚は三枚におろす。三枚におろすと背かたと腹かたがついた、一枚のかめ節というのができる。大きいもので5枚におろすと背かたが雄ぶし、腹の方が雌節という名前がつくのである。それを一度大きいなざるにならべて煮熟して、ゆでる。ていねいに骨、うろこをとってバイカンして薫製し乾燥させるとこれが一番火、そしてまた薫製して乾燥させてこれが二番火、10回繰り返し10番火まで入れたら最高の荒節(鬼節ともいう)で、真っ黒のタールのついたものができる、これが一つのできあがりになるのである。
それを更にきれいに削りとって、カビずけをして乾燥させてというのを5回繰り返すと最高の本枯節になる。これは芯までカビの菌糸が入って、完全に乾燥してカンカンていう固い音がする。折れないけれども折ったときに表面がガラスのような赤紫の透明感がある、すばらしいものができている。これは、あっさりしていてうま味は強いがある意味頼りない。それで私はちょっと頼りないので、荒節(鬼節)と本枯節を半々にまぜてやっている。いろいろやってみたけれども、自分が一番気に入ったものがこの配合で合わせたものとなった。人によっては沸騰させる人もあるし、いろいろあるのでどれが正しいというのではなくて、あれもあればこれもあるというふうにみていただければいいと思っている。本当に出汁というのは大切で、非常にこだわって大事にしているのである。
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