2017/07/18

うま味の相乗効果(日本の食文化とは何か/農林水産庁Web)

2 . うま味の相乗効果、塩分の重要性

昆布ダシと鰹ダシが出会うとうま味の相乗効果が生じ、うま味が著しく強くなる。この現象は、アミノ酸と核酸によるうま味の相乗効果として科学的に実証されている。グルタミン酸等のアミノ酸類と主にイノシン酸などの核酸類との相乗効果によって、うま味が飛躍的に高まることが、1950年代にヤマサ研究所の国中明によって発見された。

 

味の素の山口静子の実験では、5 mMのイノシン酸の添加によって、グルタミン酸ナトリウムの閾値(味を感じる最小限の濃度)は100分の1にまで低下した。味を感じないほどの微量のアミノ酸でも、鰹節のイノシン酸や干しシイタケのうま味成分であるグアニル酸によって、うま味が感じられるようになる。

 

昆布のような海草類や野菜類にはグルタミン酸のうま味が強く、カツオダシや動物性の食材、あるいはシイタケは核酸のうま味が強い。両者が共存すると、うま味は相乗的に増加する。昆布にシイタケも相乗効果がある。グルタミン酸が豊富なイタリアのトマトと、地中海の魚介類やポルチーニなどのキノコの組み合わせも、うま味の相乗効果を生む。カツオと昆布は相乗効果の代表であるが、鯛やヒラメをこぶで包んだ昆布〆も同様のテクニックである。

 

相乗効果に加えて、塩分がうま味を強める作用も重要である。グルタミン酸やイノシン酸などのうま味は、適度の塩分によって増強される。イヌの舌の味神経の応答を調べた栗原らのグループの実験によると、適度な塩味によってうま味に対する味覚神経の応答が大きくなる。食塩濃度が高すぎると、このような増強効果は弱くなるという。人でも同様な現象がある。

 

塩加減がぴたりと決まるというのは、塩によってうま味の強さがピークの頂点付近を示した状態である。塩によるうま味の増強と同じく、ほとんど全てのアミノ酸の味も塩によって増強される。カニの味のようなアミノ酸の混合した複合的な味わいも塩分なしでは非常に弱々しいが、塩分によってはっきりと強められる。(栗原堅三、グルタミン酸の化学、講談社サイエンティフク2000年)。ダシのうま味も、適度の塩味があってはじめておいしいのである。

 

3 . 原料となる昆布とカツオ

カツオ節の材料には、カツオ以外にはサバ節やイワシ節、ソウダ節、ムロ節なども使われ、雑節と呼ばれる。マグロ節もこの仲間で、高級ダシの材料である。マグロ節のダシは色が淡く上品であるが、インパクトは強くない。サバやイワシなどの雑節は雑味も多いが味わいが濃い。食材や料理によってダシが使い分けられる。エビや鶏ガラ干しシイタケ、野菜などもダシとして使われる。魚の内臓もダシの素になる。ハモや鱸、鯛など淡白な白身魚のあら(頭や骨)が、コクのあるダシを産む。骨を焼いてから煮出すと生臭みも消え、香ばしいダシが得られる。

 

カツオ節は表面にカビ付けを行う。微生物の力を借りた発酵食品ととらえることもできる。実際にカビの菌糸は表面だけでなく、堅いカツオのかなり深部にまで達している。しかし原料の姿や形が無くなるほど、発酵が進んだ醤油や味噌とは違う。カツオ節は魚の特有の風味を活かしている。洗練された発酵食品の形態といえる。

 

カツオの製造工程でカビ付けは三度四度と繰り返される。そのたびに水分が減って堅くなる。まろやかさは増し雑味が消えてゆく。水分含量によって繁殖するカビの種類が異なり、一般に4回のカビ付けを経て本枯れ節と呼ぶ。

 

鰹節の風味は薫製の香りであるフェノール類と焙煎香であるピラジン類が優勢である。鰹を煙でいぶすことによって生じる香り成分は、古くから精力的に分析されてきた。燻煙中の成分は500種類ほどあるという。そのうち300から400種類くらいの成分が同定されている。多成分の微妙なバランスで鰹の香りが成立している。さらに、肉質的な香りや魚の生臭い香りなどの集まりであると推定されている。最近の研究によると、実際の鰹出汁の匂い成分は200種類以上が同定できており、そのうち半分以上を天然の存在比の通りに混合して再構成したものが得られている。この人工的な混合物は、天然の鰹だしと非常に似た風味を持っているという。

 

カビ付けによって、カツオ節の水分は著しく減少し堅くなる。もともと、カツオ節には脂肪の少ないものが用いられる。和風のダシでは脂が濁りの原因になるからである。カビ菌の作用でさらに脂肪分解がおこり、ダシを引いたときに濁らないカツオ節ができる。また、抽出された脂肪の球がダシに混ざらないようにする技術や器具も工夫されてきた。ダシの洗練の技術的な基盤として興味深い。

 

関西ではカビ付けをしない荒本節もよく使われる。カツオよりも風味のおとなしいマグロ節を使うところもある。マグロ節は繊細で上品である。荒節と枯れ節を併用して味と香りのバランスやインパクトの調節を図る。

 

カツオダシは、植物性の食材を動物性の味わいに変えてくれる。野菜のおひたしにダシをかけると、おいしさが一変する。うま味を濃縮させた干し魚から抽出したエキスなので、濃厚な魚の味と風味を備えている。カツオダシによって、野菜が動物の筋肉のうま味に早変わりすると表現できる。

動物の肉がほとんど食べられなかった時代には、カツオや他の魚のダシが肉質の風味を与え、満足感を高めたのである。肉が手に入らない昔の日本でダシの文化が花開いたのは、動物性の味が必要だったと考えられる。

 

昆布(コンブ目、コンブ科、昆布亜科、コンブ属)も、だしの味を支えてくれる大事な原料である。日本の料理店で使われる昆布の約95%は北海道の沿岸で採取されるものであり、残りは青森・岩手・宮城の東北3県で生産される。2年ものの昆布が通常は夏から秋にかけて採取され、ダシ昆布に使われる。海域によって、真昆布、利尻、日高、羅臼など名前が異なり、形状や味わいにもそれぞれはっきりした特徴がある。さらに葉の形や光沢などから、6段階の等級が付けられる。

 

採取・乾燥してから数年間保存すると、味わいがさらによくなるという。この間に熟成が起こる。熟成過程は複雑な化学反応の複合であり、化学的に十分説明できないことが多い。熟成中には微生物による発酵が進むことも考えられる。一般には熟成中に多くの成分が相互作用して、新しい成分を作り出す。あるいは、匂いなどに特定の成分濃度が高すぎる場合に、それが分解して穏やかな味わいになる場合もある。

 

新しい昆布そのものには、薬臭いような特殊なにおいがある。野山の緑の匂いに含まれるヘキセノールやノネナールが特徴的である。森のにおいに加えて海洋のにおいを連想させるオーシャン臭成分も豊富に存在する。一般の食品に含まれる匂いではない。外国では、昆布の匂いを好まない人が多いが、鰹と合わせることによるうま味の相乗効果が非常に強いので、日本では伝統的に昆布を使い続けてきたのであろう。

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