第一図
この円は虚空を表わす。現実にこうした円形のものが存在するわけではない。以下も同じ。
古事記によると
「天地の初めの時、高天の原に生まれた神は天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、その次に高御産巣日神(たかみむすびのかみ)、次いで神産巣日神(かみむすびのかみ)であった。云々」
この時は、まだ天地もなく、すべてただ虚空であった。天と地の生まれた初めは、次の部分に述べられている。それをここで天地の初めと言っているのは、後から言ったのであって、要するにこの世の初めを言っている。それに「高天の原に」と言うのも、まだこの時には高天の原はないが、この三神の生まれたところが後に高天の原という名になったから、そう言っているに過ぎない。
第二図
輪の中の三つの点は、前述の三柱の神を表す。
書紀によれば
「天地の初めの時、虚空の中に一つの物が生まれた。その形や色は言葉にできない」
あるいは
「天地がまだ生まれなかった頃、たとえば海原の雲が、どこから生まれたともなく、ただ空に浮かんでいたように」
あるいは
「天地の初めに、虚空に葦芽(あしかび)のようなものが生え出た」
また
「浮き脂のようなものが虚空に発生した」
などという。
このように書紀の各所伝は、少しずつ違いがあるけれども、すべてを考え合わせると大体のところは分かる。「天地初判(天地の初めて分かれたとき)」というのは、単に漢文に似せたに過ぎない。「判」の字にこだわってはいけない。「天地未生之時(天地がまだ生まれなかった頃)」という文もある。また「虚中」、「空中」ともあるので、その時はまだ天も地もなかったことが分かる。
日本書紀は漢文を真似た修飾を加えているので、細かく見ると文字の意味合いがぴったりしていない点が多く、漢籍に引き寄せられて、いにしえの伝えの趣旨がまぎらわしいものになってしまっているから、注意すべきである。
○記では、この一物が生成したことは書かれていないが「次に国稚(わか)くして云々」とあるので、すでに一物が生まれたことは分かる。
○一物が生まれた後、次第に第十図に示すように成り終えるまで、すべての生成の過程は高御産巣日神・神産巣日神の産霊(むすび)によっている。その産霊はきわめて霊妙なものであって、その働きをわれわれの理屈で推し測ることはできない。この天地の初めを太極・陰陽・乾坤などという理屈で賢げに説く漢国人の説などは、すべてが産霊の神霊によって成り立っていることを知らないための妄説に過ぎない。
第三図
記によると
「次に国がまだ稚く(わか)、浮脂のように『くらげなすただよえる』時、葦の芽のような萌え上がるものによって生まれた神の名は宇麻志葦牙比古遲(うましあしかびひこじ)の神、次に天之常立(あめのとこたち)の神、云々」。
前記の初めて生まれた一物は、浮脂のように虚空に漂っていた。その中から、葦の芽のように萌え上がるものがあった。これが後に天になったものである。天になるべき物がすっかり萌え上がり終わって、その跡に残った物は固まって地になった。しかしこの時には、まだ海と国土の区別もなく、すべてが入り混じったまま、ふわふわと漂っているばかりであった。
第四図
(これ以降の図は、外周の円を省いてある。紙の地を虚空と考えよ。)
地に生まれた十二柱の神は、記の文の順序に従ったまでである。必ずしもこれにこだわることはない。
○黒白に分けて示したのは、黒いのは「身を隠した」とある神々である。
記には
「次に生まれた神は国之常立神、・・・上のくだり、国之常立神から伊邪那美神まで、合わせて神世七代という」
これを天神七代と呼ぶのは、後世の俗説である。この神々は天神ではない。地に生まれた神である。
○前記、葦の芽のように萌え上がるものは次第に高く登り、次第に出来上がって天になったが、その跡に残った後に地となった部分は、まだ固まらないで混沌として漂っていた。
○記によると、伊邪那岐命は、愛妻の伊邪那美命にもう一度会いたいと思って、黄泉の国に追って行ったという。つまり黄泉という国があった。しかし、その黄泉の生まれた初めのことは、記にも書紀にも述べられていない。伝えがないから、確かなことは知ることができないが、前記のように萌え上がるものがあって天になったことから考えると、一物から垂れ下がるものもあって黄泉になったのであろうか。それは根の国・底の国とも言って地下にある国だからである。そこで、そういう意味でこの図を描いた。
「泉」と書いた部分がそうである。泉の字は、漢文を借りたに過ぎず、この字について論じても始まらない。それが垂れ下がって生成したのは、天が萌え上がって成立したのと、どちらが先でどちらが後なのか分からない。理屈で推測するのは例の漢意であって、妄説である。なおこの黄泉のことは、第七図のところで詳しく言う。
○これ以後、天・地・泉が分かれ、次第にその距離が開いていって、ついには第十図のようになった。
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