6 変質しはじめた日本型食生活
1950年代中盤から1970年代前半まで、日本経済が年率10%前後の成長を遂げた時期は「高度経済成長期」と呼ばれた。朝鮮戦争(1950年~1953年)による特需を契機にして、日本経済が1955年頃には戦前の水準までに復興し、1968年にはGNPが世界の資本主義国中第2位にまで成長したのであった。この経済成長に伴って、国民のタンパク質摂取量、すなわち、肉類、鶏卵、牛乳・乳製品、魚介類の供給量、も急速に増加し、それに反比例するかのように、コメ・イモ類の消費量が1910年代の半分以下になった。
この高度経済成長期に至るまでの日本人の食生活、つまり日本型食生活は、動物性食品よりも植物性食品に依存することが多かった(図5)。コメなどの穀類、大豆などの豆類と、さまざまな新鮮野菜類、つまり植物性食品が、エネルギーとタンパク質、ビタミン・ミネラルなどの微量栄養素の重要な供給源であった。動物性食品の国内生産量は国内需要をまかなうには十分でなかった。そのような時代や地域では、穀類と豆類が必要なタンパク質の主な供給源になっていたが、人々は慢性的な食料不足、栄養不足に悩まされることが少なくなかった。
また、昭和時代の初期、これは谷崎潤一郎の小説『細雪』のはじめの方に出てくるプロットであるが、人々は「Bたらんねん」と、当時国民病とまでいわれていた脚気を怖れて、東京湾や大阪湾が米ぬか臭くなるほど、ビタミンB1 注射や製剤を多用した。
日本人の食生活の変化
図5 日本人の食生活は1950年代から急激に変化した
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/0280.htmlよリ
食事で重視することを(1つだけ選択)を調べた結果によると(図6,NHK放送研究所『食生活に関する世論調査』2006年調査)、日本人全体では、「おいしいものを食べること」、「栄養がとれること」、「楽しく食べること」を重視するが、「空腹が満たされること」、「簡単に済ませること」は軽視されるのに対して、男性16~29歳は「空腹が満たされること」を重視し、60歳以上の女性が「栄養がとれること」と「楽しく食べること」を重視した。その他の年齢階層は、男女ともに「おいしく食べること」を重視した。
これに対して、60歳以上の現代日本人は、孤食・欠食が多いためか、おそらく「みんなと一緒に、楽しく食べたい」、「栄養欠乏」が心配だと認識している。その他の年齢階層は、男女ともに「栄養欠乏を怖れる必要がない」との認識のもとで、グルメになったかのように「美味しく食べること」を重視している。
7
食生活指針の変遷
日本国民が、毎日食べる食品数を意識しはじめたのは、1985年5月、厚生省が「健康づくりのための食生活指針」のなかで、「1日30食品を目標に」と呼びかけて以来のことである。当時、弁当・総菜などの調理済み食品、加工食品、ファーストフードなどが広く出まわるようになり、飲食店などの外食産業も急成長した。その結果、国民の栄養素摂取源が多様化したが、必要な栄養素の量比が偏っている可能性のあることが危惧された。栄養成分をバランスよく摂るためには、偏食をさけて、できるだけ多種類の食品を組み合わせて食べることが肝要だとして、数値目標:1日30品目の食品摂取が、当時の「健康づくりのための食生活指針」のなかで提唱されたのであった:
健康づくりのための食生活指針 (1985年5月)
1.
多様な食品で栄養バランスを
1日30食品を目標に主食、主菜、副棄をそろえて
2.
日常の生活活動に見合ったエネルギーを
食べすぎに気をつけて、肥満を予防。よくからだを動かし、食事内容にゆとりを
3.
脂肪は量と質を考えて脂肪はとりすぎないように
動物性の脂肪より植物性の油を多めに
4.
食塩をとりすぎないように
食塩は一日10グラム以下を目標に調理の工夫で、むりなく減塩
5.
こころのふれあう楽しい食生活を
食卓を家族ふれあいの場に
家庭の味、手づくりのこころを大切に。
ところが、筆者が実際に見聞したことであるが、この食生活指針が目標とした「1日30品目」を呼び込みに利用して、スーパーの店先では「30品目ふりかけ」が、デパート地下の惣菜売り場でも「15品目サラダ」が、短期間であったが、販売されていたことがあった。
2000年3月、厚生省(現厚生労働省)は農林水産省、文部省(現文部科学省)と連携を図って、新しい食生活指針を策定・公表したが、その食生活指針では、「主食、主菜、副菜を基本に食事のバランスを」とあるだけで、「1日30品目」の表現は削除された。厚生省の担当者は、「30の数字を絶対視して食べ過ぎてしまうことがありかねないので、誤解を避けるために、数値表示をしなかった」のだという。
なお、以上の食生活指針は成長期~青年期~壮年期の日本人を対象としたものであるが、1990(平成2)年11月20日、 農林水産省は、策定した7項目の「新たな食文化の形成に向けて-'90年代の食卓への提案-」の中で、ライフステージ別に心がけたいこととして以下の提案を行った:
幼児期には、多様な素材と多様な味に慣れさせ、豊かな食歴をつくりあげよう。
青少年期には、生活リズムにあった食生活を確立しよう。
壮年期には、ゆとりとうるおいのある食卓づくりに心がけよう。
高齢期には、食を通じて世代を超えたコミュニケーションの輪を広げよう。
ここで、初めて、幼児期に対する指針(成長期の偏食を予防することを目的として)が提唱された。これ以後、幼児期に対する指針は改訂されていない。少子化の傾向が益々著しくなるなかで、育児経験の浅い母親が、育児上の助言と支援や、より具体的な指針を必要としていることに、関係機関は対応する必要があるだろう。
1998年までに策定された食生活指針については、『坂本元子、木村修一、五十嵐脩編「世界の食事指針の動向」、建帛社、1998』が詳しい。
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