また第三図・第四図に挙げてあるように高天の原には五柱の天神がおり、また伊邪那岐命もいるのだが、その高天の原を治める君主は天照大御神ただ一人である。だが君主でないなら、その他の神は臣下だと思うのは漢意である。君ではないが、臣でもないのだ。みな極めて尊い神々である。
○夜の食国(おすくに)というのは、私、中庸の考えでは泉(よみ)の国である。泉は根の国・底の国とも言って、大地の下の方にあることは図の通りだ。その泉はすなわち月であって、月読命が治める国である。とすると月読命は月ではない。月の中にいる神である。これは天照大御神が日の中にいるのと同じことである。というのは夜の食国というのを、ただ月が夜を照らしていることと思ったのでは食国というのに合わない。必ず国があるはずだ。泉の国は夜の国で、その国を治めているから月読命と言うのである。国の名の「黄泉(よみ)」と、神名の「読(よみ)」と全く同じであることを考えよ。「よみ」とは、月は夜見えるものだから付いた名だろう。
書紀の一書で、月読尊が保食神を殺した段に「天照大神は・・・月読尊と一日一夜分かれて住んだ」とあるが、この「一日一夜というのは納得できない。たぶん古伝に「日夜」とあったのを、漢文めかした潤色を加えて「一日一夜」と書いたのだろう。書紀にはそういう例が多い。「日夜分かれて住んだ」というのは天照大御神は高天の原に住み、月読命は夜の食国にいるからである。その隔て離れる様子は、図で理解して戴きたい。
大御神の名は「大日女(おおひるめ)の命」とも言って、その光の及ぶ限りを昼と言い、光が及ばないところを夜と言う。夜の食国は、大御神の光が及ばない国である。そもそも現在のように日月が廻るようになったのはずっと後のことで、それは第九図、第十図のところで言う。初めのうちは、ここまでの図のように天地泉の三つが接続していたので、旋回することもなく泉は大地に遮られて、いつも日の光は届かなかった。この夜の食国は、高天の原のように内部にあるものか、大地の国のように外側にあるものかは分からない。もし外側にあるものなら、月の中に何かむらむらと見えているのは、その国ではないだろうか。黄泉の国には、伊邪那美命がいるけれども、そこを治めているのは月読命である。
ある人はこれを疑って
「夜の食国が月だというのは分かる。しかし、これを根の国・泉の国と同一だというのは納得できない。根の国は、須佐之男命が追い払われて行った国である。月読命が治めている国ではないだろう。」
と尋ねたが、私はこう答えた。
「伊邪那美命が泉の国にいるのは、須佐之男命が「妣(母)の国・根の堅洲国」と言ったので、黄泉と根の国が同一であることは論ずるまでもない。その根の国を夜の食国とする理由は、まず師の古事記伝九の巻で月読命と須佐之男命は同神ではないかと思われる点が多々あるとして、その理由を挙げている。私、中庸がつくづくと考えたところ、書紀に「月読尊は滄海原(あおうなばら)の潮の八百重(やおえ)を治めよ」とあるのだが、また一書および記には、須佐之男命に「滄海原を治めよ」とあって、現に潮の干満が月の運行に伴っている。これは、須佐之男命が月読命と同一神であることを示しているようではないか。また書紀の諸伝を見ると、どの一書でも須佐之男命の悪行を書いてあるが、かの保食神の一件に関しては、須佐之男命は登場せず月読尊の悪行となっていて、記ではそれが須佐之男命のしわざとなっている。これらは、同一神だからこそと思われる。また月読命の「読(よみ)」と「黄泉(よみ)」と名付けた夜の食国とは関連するだろう。
記で、須佐之男命が初め大泣きに泣いた(泣きいさちる)理由を伊邪那岐命が尋ねると「僕は母の国・根の堅洲国に行きたい(欲レ罷)。それで泣いている」と答えた。この「欲レ罷(まからんとおもう)」は、母の国に行きたいと希望しているように聞こえるだろうが、そうではない。「欲」の字は「将」の意味で、「罷らんとす」と解するべきである。つまり穢れた泉の国に行かねばならない悲しさで泣いていたのだ。つまり、初めからこの神には「黄泉の国を治めよ」と事依さして(任命して)あるのであって、これは月読命に夜の食国を治めるよう任命したのと同じである。
書紀には「素戔嗚尊は破壊的なことを好む性質だったので、根の国を治めさせた」、また「お前は極遠の根の国を治めよ」などとあり、最初から根の国を治めるよう任命してあったように思われるのと考え合わせよ。おそらく須佐之男命というのは月読命の一名であったのが、まぎれて別神のように伝わり、事依さしの件など、すべて二つになったのである。書紀に「月神は日の対となって天を治める。そこで天に送った」などとあるのは、月日が大地の周囲を旋回するようになってから、その外観を見て伝えたことだろう。月読命と須佐之男命を同一神と考えて読むと、その元の紛れは顕著で、すべて明らかになり、夜の食国が泉の国・根の国であることは疑いがない。
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