2018/03/23

最初の個別科学者「医学のヒッポクラテス」



 古代ギリシャに「」の精神が形成され、個別科学としては早くも「医学」がそれとして意識されていたことはピュタゴラスを扱ったところでのべておきました。そこでの医学は「病気、怪我」などへの対処療法的な手当て、薬の投与よりも、むしろ「養生法」的なものであったことも述べておきましたが、ギリシャの医学は全体としてそうした方向をとりながら発展したようです。一方で、ピュタゴラス学派の場合、医学に哲学的な意味があったわけで、医学がそうした「自然哲学」的な色彩をもっていったのもギリシャに特徴的なものであったと言えます。
 
こうした方向をはっきり示したのが、ピュタゴラス学派のアルクマイオンでしたが、こうした方向が推し進められて行く一方で、医学は「仮説」に基づくものであってはならず、むしろ「観察というデーター」によらなければならないこと、そして人体について語らなければならないのだとするなら、哲学的・宇宙論的自然観から語るものであってならず、むしろ「具体的な身体の症状の分析」に基づいて語られねばならないことを主張して「近代的な」と呼べる「医学」を始めて提唱してきたのが「医学の祖」といわれるヒッポクラテスでした。

これには、医学を自然哲学風に解釈してみせる自然学者のエンペドクレスなどへの反発もあったようです。ですから彼は「自然学者」とは呼ばれません。正当な意味で「医者」でした。いや、アリストテレスの言い方に従うと「単なる医療医」を越えた「医学者」であり、その頂点に立つ人だったのです。「史上初めての本格的な個別科学者」の誕生でした。神話から哲学への道は、こうして自然を哲学的に考えることから、ついに「個別科学」を生み出していったのでした。
 
ただし、ここまでくるのに当然予測される時間はかかっているのであって、一足飛びというわけにはいきません。ヒッポクラテスは、ソクラテスと同時代人です。哲学もそうであったように、医学も先人たちの努力があってのことです。そういうわけでヒッポクラテスの前に、今言及した先駆ともなるピュタゴラス派のアルクマイオンと、ヒッポクラテスによって批判された自然学者エンペドクレスとを見ておきましょう。

アルクマイオン
 アルクマイオンは、ピュタゴラスが活動した南イタリアのギリシャ都市クロトンの人で、ピュタゴラスの直弟子になるくらいの年代だと思われます。つまり紀元前500年頃の人だろうと推定されます。彼は健康状態を「乾・湿、冷・暖、甘い・辛いなどの対立」が同じ勢力をもった状態、つまり「調和」している状態が健康とし、そのバランスがくずれて何かが「独裁的」になることで病気になる、と基本を定めています。むろん、だからといって何でも中間にすればよい、などと単純に考えていたわけではないようで、観察を重要視したらしく、史上始めて医学的に「解剖」を行ったと伝えられます(ただし、詳しい内容は紹介されておらず、ただ「解剖に敢えて手をつけた最初の人」との記述のみです。ですから1543年のヴェサリウスによる『人体の構造』という著書以来の「生理学」的解剖であったのかどうかは不明ですが、古典時代のギリシャに解剖は知られていなかったということはありません。次に紹介する視神経に関する説は、この「解剖による成果」と考える研究者もおります)。さらに彼は「」に関して多大の発見をした人とも伝えられます。

 興味深いのは「感覚」に関する説で、彼は感覚の働きは「」にあるということを主張し、脳が「聞く、見る、嗅ぐ」などの感覚を与え、これらから「記憶と判断」とが形成され、これが定着することによって「知識」となると言っています。これは、感覚器官と脳の間には「通路(つまり神経)」があるからで、したがって、脳が変動させられると(脳震とう)この通路(神経)が塞がり感覚が麻痺することになる、それゆえ感覚障害は脳の「ずれ」にある、という考えと連なっています。紀元前も500年も前に、こんな意見が堂々と主張され、しかもそれが記録されているということに驚かされます。

エンペドクレス
 前回に紹介しておいた人ですが、彼がヒッポクラテスによって批判されるようなはめになってしまったのは、彼にはアルクマイオンにあったような「観察」という態度が失われていて、哲学的自然観からの医学理論になっていたからのようです。エンペドクレスも、アルクマイオンと同じように反対性質の調和を基本に人体の健康を考えていたのですが、どうも彼はそれにこだわり、それを出ることができなかったようで、そうした「学説だけに基づく医療」を提唱したようでした。明らかにアルクマイオンから退歩していますが、これは彼が「観察」とデーターに基づくという自然科学者であるより、イタリア学派のもう一つの面であった理論への傾斜、あるいは神秘主義か、どちらかが強かったからでしょう。

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