2006/09/19

現場(二度目の契約更新)part4

 (だったらクビにすればよいじゃないか)

という気持ちがある。こちらの方は、会社との契約の縛りがあるから、辞めたいという意思表示をしてから、最低でも三ヶ月は我慢しなければならないのが厄介だが、仮りにH氏の方からN社に

(この際、辞めて貰いたい)

と言ったとしたら、N社といえどもう少し便宜を図って、早く交代が出来るかもしれないのである。実のところ、密かにそれを期待している部分もあった。

(あれだけオレの事が嫌いなんだから、今度はNGにしてくれるかも?)

と期待するも、どうしたわけか毎回

「是非、お願いしますという事でした・・・」

となるのは何故なのだろう・・・と問いかけるまでもなく、実はその答えは簡単だった。つまり、セキュリティとインフラ(基幹ネットワーク)の知識にかけては、ワタクシと技術リーダーのR氏が圧倒的な双璧だからである。

さすがに人一倍頭が切れて知識も豊富なH氏といえど、この分野に関してはまったく2人に頼り切りというのが実情なのだ。

そうなると、いつまで経っても辞められないような気もするが、ワタクシからすれば

(R氏が、いるじゃないか・・・)

という思いがある。事実、30過ぎてからこの業界に入ったワタクシとは違い、専門学校を出てからこの道一筋で生きて来たR氏の知識はワタクシ以上であり、また頭脳に関しても間違いなく非常な優秀さを備えていたのだ。

さらに現場のキャリアに関しても、リーダーN氏(約5年半)、H氏(約4年半)に次いで、4年数ヶ月と3番目に長いのがR氏であり、現場の事は知り尽くしてもいたのである(この時点では、自分はまだ2年)

また口八丁手八丁のR氏だけに、H氏とは最も蜜月とも言うべき仲の良さでもあるなど、総ての条件を兼ね備えたような欠かせない人材であった。

 ちなみにR氏の席はH氏の真正面、つまりワタクシの隣であり、ワタクシの反対隣は空席になっている。ワタクシは常にR氏とは反対向き(と言う事は、H氏からも顔を背けた方向)であり、端の席のR氏も常に反対の方を向いていた。さらにH氏は先に述べた通り、ワタクシと反対方向の斜め下向きに俯いているという、この普段の姿勢が三人の関係をハッキリと物語っていた。

現場においては、それぞれ「優秀な頭脳」と認められ、またワタクシの眼から見ても恐らくは他の現場でも、そうはお目にかかれないような賢い人々が、こうした子供じみた真似をしているのも、密かに皆を呆れさせていたようだった。

かつて

「私には基盤ネットワークの事はわからないので、総てRさんに一任するという事で本部にも話を付けて来たから・・・最高の頭脳のRさんに・・・」

とまで絶賛したように、H氏が全幅の信頼を置いているかに見えるR氏ではあったが、絶賛したのはあくまで技術力と頭脳に関してであり、人間性に関しては話がまったく違ってくる。実のところ、このR氏というのがワタクシにさらに輪をかけたような、いい加減かつ稀代の無精者であった。

これまでも中途半端に投げ出した(決して押し付けはしないが、病欠という手を使い年間40日の有休をフルに消化)ままの仕事をワタクシがフォローして来ている経緯が何度もあるため、石橋を叩いても渡らないような慎重居士のH氏としては、R氏に頼り切るのには一抹の不安があった事は推察できた。

それだけに万一大きな障害が起こったり、ワケのわからないような依頼が突如として舞い込んで来た場合(実際に、本部の上部機関である某省の課長から、無理難題としか言いようがない不可解な調査依頼が度々あった)に、そうしたタイミングでR氏が休んでいた場合の保険として、R氏と同等レベルの人材をもう一人確保しておきたい・・・と考えていたのは明らかなのである。

こちらとしては

「スペアの位置付けなんぞは、冗談じゃない・・・」

という技術者としてのプライドと

「スペアでいる限りは、楽が出来るな・・・」

という個人的な計算とが相半ばするアンビバレントな心境であった。

 この現場にはH氏とは別にもう一人、T氏という責任者がいた。H氏も生真面目な人だったが、このT氏はH氏にさらに輪をかけて石部金吉を絵に描いたような、クソ真面目一方の人物だった。

役職は同じ責任者の2人だが、S省下部組織の社団法人からの出向という身分のH氏は、現場と内幸町の本部を行き来していたのに対し、大手ベンダー企業N社から出向の身分(自社ではマネージャー)のT氏は、現場に常駐していた。

年齢的にはH氏が30代半ばと若いのに対し、T氏の方は50歳くらいと訊いていた。そうした年齢差も関係してか、実質的に現場を執り仕切っていたのはT氏の方である。

通常、責任者や上に立つものには、大きく分けて二つのタイプがある。自らはあまり手や口を出さずに、殆どのところは部下に任せて大どころだけを見るタイプと自ら手や口を出すタイプであるが、このT氏に関しては後者のサンプルのようなタイプである。T氏自身が色々な知識を持っていて誰よりも勉強家であるため、H氏以上に様々な事に詳しいという事情もあったが、やはり根本的には人に任せていては安心できない性分らしく、どんな細かい仕事も自分でやらないと気が済まないタイプだった。

元々が開発畑の出身であり、他のメンバーと同様に電子政府に関しては殆ど知識のないところからのスタートだったにも関わらず、今や最古参の技術リーダーN氏とその方面に関して、丁々発止と遣り合ってもまったくヒケを取らないくらいまで、いつの間にやら猛勉強を積んで来ていたのには驚いた。

そのT氏にして唯一、基盤インフラのネットワーク技術とセキュリティに関しては、(構築時のPMではあったものの)通勤の電車やバスの中で「情報セキュリティアドミニストレーター」やら「情報セキュリティ」といった、国家資格向けの参考書を読んで、必死に勉強しているらしかったが

「あの世界の日進月歩の進歩だけは、私は到底ついていけません・・・私はもう、諦めました・・・」

とH氏と同じように、その分野に詳しいR氏とワタクシに完全に頼り切っていたのである。

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