ドビュッシーの「オレ流」が最も顕著に表れるのが、彼が指導的立場を取った作曲スタイルである「印象派」音楽の作風である。
上記の書簡から伺えるように、彼は師フランクの登場以来復興しつつあった、フランスの伝統的な形式音楽に対して「non!」を突きつけ、形式にこだわらない音楽の「色彩」や「律動ある時間の流れ」を重視した。ちょうどルノアールなどの自己のイメージに基づく色彩豊かな印象派の「絵画」を「音楽」で表現するような「印象派」スタイルを確立しようとしたのであった。
そして後に、唯一のオペラ「ペレアスとメリザンド」(1902年)や、彼の最大級の傑作となる交響詩「海」(1905年)として結実していった(この 「海」の作曲には、1867年のパリ万博で出品されていた葛飾北斎の浮世絵「富嶽三十六景
神奈川沖浪裏」の印象が大きく関わっていた)
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