歴史的位置付けについて
神武天皇が即位したという辛酉の歳は、そのまま西暦に換算すると紀元前660年であり、同時に弥生時代早期、又は縄文時代末期に当たる。
明治時代の歴史学者である那珂通世は、1897年の著書『上世年紀考』にて『日本書紀』の記述を批判し
「記紀の紀年は、古代中国由来の「辛酉」の年に天命が改まり、王朝が代わり、同時に正しい改革も行われる、特に21回毎に大革命が起こるとする「辛酉革命説」に基づく記紀編者の創作であろう」と論考した。その上で、那珂は「推古天皇治世の最も輝かしい事跡が601年の辛酉にあったことから、その21回前の辛酉、つまり紀元601年からさらに60×21=1260年遡った紀元前660年辺りを神武即位年にしたのであろう」
と推測した。
大正時代には、津田左右吉は記紀の成立過程に関して本格的な文献批判を行い、神話学と民俗学の成果を援用しつつ
「神武天皇は弥生時代の何らかの事実を反映したものではなく、主として皇室による日本の統治に対して「正統性」を付与する意図をもって編纂された日本神話の一部として理解すべきである」
とした。このため津田は「皇室の尊厳を冒瀆した」とし、出版法違反で起訴され有罪判決を受けた(津田事件)。
津田の説に対する反論も存在し、神武の実在性を主張する論者もいる。
安本美典は、神武東征を邪馬台国の東遷(邪馬台国政権が、九州から畿内へ移動したという説)であるとする。古田武彦も神武天皇実在を主張するが、神武天皇が開いた大和朝廷を邪馬壱国 / 九州王朝の分家だとしている。田中卓は、初期天皇の皇后の出自伝承の素朴さが寧ろ帝系譜の信憑性を高めるとしている。宝賀寿男は、記紀が古代の地理事情を残している点や、古代氏族の系図やトーテム・習俗、年暦に関する研究から、天照大神から神武天皇までの皇統譜を実在の物とした。
田中や宝賀、古田は神武東征の出発地を北部九州とする点で、安本や戦前の通説とは異なる。久保田穰は初期天皇の実在を直接示唆するのは記紀であるが、同時期の万葉集や風土記、その他史書や各種系図・神社伝承などが記紀の内容を支持するとした。志賀剛は神武天皇の実在を認めつつ、宇陀郡出身の人物として想定し、東征の前半部分を虚構とする。武光誠は、西方文化集団の畿内への到来と銅鐸消滅時期が一致する事から、神武天皇的な存在を認めている。神話学者の松前健も、神武伝承には実際の具体的な諸国の地名や氏族の名が多数出て来て全くの机上の作り話とは考えられないとし、壬申の乱に天武・大海人皇子が神武山陵に祈った記事からして、それ以前から神武伝承が知られていたであろうことを指摘している。
現在、神武天皇の史学的立ち位置は「神武天皇の史的実在は、これを確認することも困難であるが、これを否認することも、より以上に困難なのである」であるとされる。
ギネス世界記録では神武天皇の伝承を元に、皇室を「現存する世界最古の王朝(英:dynasty)」としているが、発行物には「現実的には4世紀」と記載している。実在が確実な雄略天皇より数えても、現存する王朝としては世界最古に当たる。
即位年月日について
神武天皇即位年月日は『日本書紀』の記述に基づき、明治期に法的・慣習的に紀元前660年旧暦元旦、新暦2月11日とされている。
『日本書紀』においては、年月日は全て干支で記している。神武天皇即位年月日は「辛酉年春正月庚辰朔」とある。
太陽暦(グレゴリオ暦)が明治6年(1873年)1月1日より暦として採用されたが、それに先立ち紀元節が旧暦である天保暦の正月(旧正月)とはならないようにするため、神武天皇即位日である紀元節を太陽暦(グレゴリオ暦)の特定の日付に固定する必要が生まれた。文部省天文局が算出し、暦学者の塚本明毅が審査して2月11日という日付を決定した。具体的な計算方法は明かにされていないが、当時の説明では「干支に相より簡法相立て」としている。
神武天皇即位年は『日本書紀』の歴代天皇在位年数を元に逆算すると西暦紀元前660年に相当し、即位月は「春正月」である事から立春の前後であり、即位日の干支は「庚辰」である。そこで西暦紀元前660年の立春に最も近い「庚辰」の日を探すと、西暦では2月11日と特定される。その前後では、前年12月13日と同年4月12日も庚辰の日であるが、これらは「春正月」になり得ない。従って「辛酉年春正月庚辰」は、紀元前660年2月11日以外には考えられない。またこの日を以って神武天皇即位紀元(皇紀)元年とする暦が、主に明治・大正期から終戦(1868年 - 1945年)まで用いられた。
『日本書紀』は「庚辰」が朔(新月日)であったとも記載しているが、朔は暦法に依存しており「簡法」では計算できないため、明治政府による計算では考慮されなかったと考えられる。当時の月齢を天文知識に基づいて計算すると、この日は天文上の朔に当たる。
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