2007/07/02

騙まし討ち(Mシリーズpart2)

  そんな状況下で、初日から昼くらいに移動したものの、何をしていいのかもわからないままに、夕方まで完全な放置状態に置かれた。N社の社員が並んでいる席に座らされたままだから、まさかインターネットで遊んでいるわけにもいかず、まったく針の筵のような状態だった。

 

通常であれば、現場の環境などを書いた設定書や設計書といった、業務関係の資料がサーバ内に置いてあるはずだから、それらを漁ったりして予備知識を蓄えておくような期間だったが、まだネットワークドメインへ参加する権限の設定が出来ていなかったため、サーバやプリンタなどといった共有リソースにはアクセス権がない。

 

「で、私は何をすればよいのか?」

 

と何度か聞こうとしたが、常に忙しそうに仕事をしているのに加え、担当者の横には常にクライアントのN社の人間がベッタリと張り付いていたから、なんともやり難い。

 

(そのうちに、何か言ってくるのだろう)

 

と、時折席を外してタバコを吸いに行く以外は、N社の社員に取り囲まれるように席に座ったままで、手持ち無沙汰な事はこの上なかった。

 

いつまで待っていても、一向に接触がないのに痺れを切らし

 

「私は、何をやればいいんですか?」

 

と訊くと、一切の感情を殺したロボットのような表情をした担当者は

 

「もう少ししたら、検証の手伝いをしてもらいます。なので、少し待っていてくれませんか?」

 

PCの画面を見たまま、ニベもなく言った。

 

(いよいよ、実作業か・・・)

 

当初は「検証の手伝い」と聞いて、コマンドを投入して結果をチェックするようなところからだと思い込んでいたのだったが、1時間くらいするといきなりCatalystL2スイッチ)と、見た事のない機器を目の前にドンと据えられた。

 

「?」

 

「では今から、検証の手伝いをしてもらっていいですか?」

 

「はあ・・・」

 

何か根本的な勘違いがありそうな、嫌な予感がした。

 

 いきなり検証の設計図を広げて、一気にまくし立てるように説明を始めたが、高度な専門用語ばかりで何を言っているのかサッパリ、チンプンカンプンというのが、正直なところだった。

 

「という事で、まずはここのCatalystの環境構築と、ATMのトラフィックシェーピングの設定をしていただけますか?」

 

などといわれたところで、こちらとしてはCatalystの設定もした事がなければ、ATMなどというマイナーな通信方式はおろか、フレームリレーすら携わった事もないから、いきなり『シェーピングの設定』などと言われたところで、宇宙人と会話をしているようなものだ。

 

「いきなり言われても、サッパリやり方がわかりませんが・・・」

 

何しろこちらは、この日が初めての業務なのだ。当然、やり方は教えてくれるものだと思ったし、またそういう契約の内容だったはずだ。しかしながら、担当者は

 

「何が、わからないのでしょうか?」

 

と相変わらず、ロボットのような無表情を崩さなかった。

 

「何がと言われても、何から何まで・・・ATMとかシェーピングとかも、まったくやった事もないし・・・」

 

ATMもシェーピングの設定も、全部Ciscoの技術サポートのページの、どこかに出ています。PCはネットにも繋がっていますから、ネットで調べれば充分にやれる環境は整っているはずですが」

 

Catalystすら、触った事もないけど・・・」

 

一瞬、担当者は信じられない生き物を見るような顔になった。

 

Ciscoの実機経験はまったくないと、Sさん(D社の担当営業)には最初から話をしていたのに、正しく伝わってなかったのかな?」

 

「でもCiscoの認定資格は、持ってるんですよね?」

 

「一応、持ってますが・・・」

 

「じゃあ、出来るはずです。Ciscoのサイトとネットで検索して、やってみてください。CCNA Cisco認定の初級資格)以上のレベルなら、問題ないはずなので・・・」

 

と表情一つ変えずに言い放つと、それからはまた放置状態に置かれた。

 

 (なんじゃ、こりゃ・・・話が全然、違うじゃん  教育とかOJTとかいう話は、一体どうなった?)

 

と頭にきた。

 

腹が立ったのは、そんな担当者の態度だけではなく、明らかに営業から現場の担当者に、正しく話が伝わっていない事もあった。そう考えると、あのD社の営業はかなり胡散臭い感じがしてきた。

 

現場についても、面接の時には

 

「大手町がメイン。あと検証がある時は時々、検証室のある郊外に行く事もあるけど・・・」

 

と言っていたのが、契約が決まった直後に

 

「検証の方が忙しくなってきたので、半々くらいになるかもしれない」

 

と話が変わり、実際に入ってみたら

 

「郊外の方がメインで、大手町本社の方は週一、二回のMTGで寄るだけに過ぎない」

 

といった調子で、殆ど180度話が変わって来たのである。

 

勿論、動いている現場だから、話が大きく変わって来る事自体は珍しくはないが、この場合は明らかに最初からわかりきっていた状況としか思えないだけに、タチが悪かった。

 

しかも検証室の方は駅近くではなく、駅からバスに乗って行くという、かなり交通の便の悪い立地だ。

 

「その代わり検証室の方は、朝9時半出社で大丈夫だったハズ・・・」

 

と言っていたのも、結局大手町と同じ9時出社の規定になっていた。

 

そもそも、この担当のK氏は通常の外回り営業ではなく、営業の身分でM社に常駐しているのだから、どれもこれも最初からわかりきっているような話ばかりなのである。そうした嘘は、まだ可愛いものかもしれないが、最も腹立たしいのは

 

「実機経験はなくても知識があるのだから、熱意と意欲があれば大丈夫。あとは、うちの担当者が責任もってフォローして行くから」

 

と言っていたにもかかわらず、担当者には実機経験がない事を話してなかったのが明白であり、担当者だけでなくクライアントのN社に対しても、それなりにガリガリと出来るような話をしている形跡があったのは、これは犯罪に近い悪質な行為と言うべきだった。

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