しかしながら未経験の壁は思った以上に厚く、理屈では理解してやれるつもりだったが、いざ実際の機器を目の前にすると解らない事ばかりだった。
担当のN氏は、常に基本的に放置状態であり
「解らない事があったら、訊いて下さい」
と言っていたが、いざ訊いてみると
「僕が貸した本(その後、昼休みに同じ本を買ったため、実際には自分のだった)を、本当に読んでますか?
ちゃんとあの本に書いてあるし、あれを読んでいればこの辺りの事は、応用でやれないはずはないです・・・」
と、簡単には教えてくれない。
「まず、自力で限界まで調べてみる。それでも解らなければ、教えます。僕が教えるのは簡単ですけど、それではにゃべさんの実になりませんからね。最終的には、自力で調べたり苦しんで身に付けたものだけが、スキルとなっていくと思います」
というのが、N氏の信条だったようだ。
実際に自力で調べてやったものについては、間違っていた場合もあまり文句は言わなかった。確かに無愛想な点はともかくとして、その辺りの考え方は論理一貫しており、人間的にどうしようもなくイヤミなヤツ、というわけでもなかったようだ。
当初は、こんな事があった。あまりの難しさにお手上げ状態で、積み上げられた機器を目の前にしたまま本を読んでばかりで、丸一日作業がまったく進まなかった事も珍しくなかった。
その間、ずっと放置状態だったN氏が、夜になってようやくやってくると
「どうしました?
ルータにあまり触ってないようですが・・・」
「どーやっていいか、わからないので・・・」
「とにかく、今のにゃべさんは設定とかドンドンやって機器に慣れる事が、なにより先決だと思いますよ」
と、例によって仮面のような無表情で応えた。
「それは解るけど、思っていた以上に難しくて正直、お手上げ状態だから・・・」
と、暗に助け舟を求めると
「お手上げといっても本も貸してあるし、Webにも色々とサンプルになりそうなものは出ているし、その辺りを色々と調べても出来ないと?」
「出ていても機種が違っていたりして、微妙に結果にズレが出てしまうからね・・・そのズレが何に起因しているのかが余計にわかり辛い。基本的なものはひと通り出来たけど、応用が難しいのだ」
などと愚痴を並べていると
「でも、にゃべさんはCiscoがやりたかったんですよね?
そのために、東京に来たんじゃなかったんですか・・・?」
「まあ、そうですがね・・・」
「では、今がその絶好のチャンスですので、頑張ってください・・・」
と言い残すや、例の無表情のまま去って行った。一貫して憎い憎い担当者だったが、この時は少しだけ許せる気がした。
それから、二ヶ月が経過した。
その後の検証の中で、地道にコツコツと作り上げたある調査と、その結果をプレゼン資料にまとめたものを置き土産に、現場を去る事になったのである。
所属の営業のH氏から、連絡が入った。
「いかがでしょう?」
「もう、続ける気はないですね・・・そもそも向こうは、大して評価していないと言っていたしね・・・」
「うーん・・・あれは私の言い方が、悪かったのかもしれません。当初は
『ちょっと心配だけど、なんとか頑張ってくれているから・・・・』
というような感じでしたが、にゃべさんの意思を伝えたところ
『惜しいね・・・ もう少し、頑張ってくれると良かったのに』
と言う感じに、変わってきてましてね・・・」
「・・・」
「おそらく、徐々ににゃべさんの実力と言うか、ポテンシャルがわかってきたんじゃないですかね?
にゃべさんは、じっくりと実力を発揮していくのが、得意なタイプなんじゃないかと・・・」
やはりあの最後の成果が、予想通りの評価をされたのか?
そして、迎えた最終日。検証ルームで、N氏に挨拶をすると
「ともあれ、にゃべさんはここで三ヶ月間、自由にルータなどに触る時間があったわけですし、今後はこの経験を活かして欲しいと思います」
と例の無表情で語ったのみだったが、窓口となっていたM社の担当からは、何度もお礼のメールが来た。N氏などの目には中途半端に見えたろうが、最後に役に立つものを残せた事は、十分とは言えないまでも、それなりに満足のいく結果ではあった。
「あのクライアントから、別件の紹介も出てきていますが・・・」
とH氏からは引き続き声がかかったが、既にここでの経験を踏まえて次に進むべく、新たな方向を見据えていたのである。
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