2007/07/05

置き土産(Mシリーズpart5)

  しかしながら未経験の壁は思った以上に厚く、理屈では理解してやれるつもりだったが、いざ実際の機器を目の前にすると解らない事ばかりだった。

 

担当のN氏は、常に基本的に放置状態であり

 

「解らない事があったら、訊いて下さい」

 

と言っていたが、いざ訊いてみると

 

「僕が貸した本(その後、昼休みに同じ本を買ったため、実際には自分のだった)を、本当に読んでますか?

ちゃんとあの本に書いてあるし、あれを読んでいればこの辺りの事は、応用でやれないはずはないです・・・」

 

と、簡単には教えてくれない。

 

「まず、自力で限界まで調べてみる。それでも解らなければ、教えます。僕が教えるのは簡単ですけど、それではにゃべさんの実になりませんからね。最終的には、自力で調べたり苦しんで身に付けたものだけが、スキルとなっていくと思います」

 

というのが、N氏の信条だったようだ。

 

 実際に自力で調べてやったものについては、間違っていた場合もあまり文句は言わなかった。確かに無愛想な点はともかくとして、その辺りの考え方は論理一貫しており、人間的にどうしようもなくイヤミなヤツ、というわけでもなかったようだ。

 

当初は、こんな事があった。あまりの難しさにお手上げ状態で、積み上げられた機器を目の前にしたまま本を読んでばかりで、丸一日作業がまったく進まなかった事も珍しくなかった。

 

その間、ずっと放置状態だったN氏が、夜になってようやくやってくると  

 

「どうしました?

ルータにあまり触ってないようですが・・・」

 

「どーやっていいか、わからないので・・・」

 

「とにかく、今のにゃべさんは設定とかドンドンやって機器に慣れる事が、なにより先決だと思いますよ」

 

と、例によって仮面のような無表情で応えた。

 

「それは解るけど、思っていた以上に難しくて正直、お手上げ状態だから・・・」

 

と、暗に助け舟を求めると

 

「お手上げといっても本も貸してあるし、Webにも色々とサンプルになりそうなものは出ているし、その辺りを色々と調べても出来ないと?」

 

「出ていても機種が違っていたりして、微妙に結果にズレが出てしまうからね・・・そのズレが何に起因しているのかが余計にわかり辛い。基本的なものはひと通り出来たけど、応用が難しいのだ」

 

などと愚痴を並べていると

 

「でも、にゃべさんはCiscoがやりたかったんですよね?

そのために、東京に来たんじゃなかったんですか・・・?」

 

「まあ、そうですがね・・・」

 

「では、今がその絶好のチャンスですので、頑張ってください・・・」

 

と言い残すや、例の無表情のまま去って行った。一貫して憎い憎い担当者だったが、この時は少しだけ許せる気がした。

 

 それから、二ヶ月が経過した。

その後の検証の中で、地道にコツコツと作り上げたある調査と、その結果をプレゼン資料にまとめたものを置き土産に、現場を去る事になったのである。

 

所属の営業のH氏から、連絡が入った。

 

「いかがでしょう?」

 

「もう、続ける気はないですね・・・そもそも向こうは、大して評価していないと言っていたしね・・・」

 

「うーん・・・あれは私の言い方が、悪かったのかもしれません。当初は

 

『ちょっと心配だけど、なんとか頑張ってくれているから・・・・』

 

というような感じでしたが、にゃべさんの意思を伝えたところ

 

『惜しいね・・・  もう少し、頑張ってくれると良かったのに』

 

と言う感じに、変わってきてましてね・・・」

 

「・・・」

 

「おそらく、徐々ににゃべさんの実力と言うか、ポテンシャルがわかってきたんじゃないですかね?

にゃべさんは、じっくりと実力を発揮していくのが、得意なタイプなんじゃないかと・・・」

 

やはりあの最後の成果が、予想通りの評価をされたのか?

 

 そして、迎えた最終日。検証ルームで、N氏に挨拶をすると

 

「ともあれ、にゃべさんはここで三ヶ月間、自由にルータなどに触る時間があったわけですし、今後はこの経験を活かして欲しいと思います」

 

と例の無表情で語ったのみだったが、窓口となっていたM社の担当からは、何度もお礼のメールが来た。N氏などの目には中途半端に見えたろうが、最後に役に立つものを残せた事は、十分とは言えないまでも、それなりに満足のいく結果ではあった。

 

「あのクライアントから、別件の紹介も出てきていますが・・・」

 

とH氏からは引き続き声がかかったが、既にここでの経験を踏まえて次に進むべく、新たな方向を見据えていたのである。

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