2009/07/24

大恐慌(東京劇場・第8章part1)

数百年に一度」という大不況が訪れた。

 

世の中のIT化は、めざましいばかりに益々加速し


「たとえどんな不況が訪れようとも、IT業界だけは影響を受けないだろう」


などと漠然と思っていたものだったが、この不況はそのような甘い見通しを吹き飛ばすほど苛烈だった。

 

2008年の初めごろ、携帯最大手の基盤プロジェクトに関わっていた時は、それまでの単金の3割り増しという個人的には「バブル」真っ只中で「世界金融危機」が日本に襲い掛かり始めたのは、その年の秋くらいからだった。D社の基盤プロジェクトはひと段落を迎えたとはいえ、まだまだ仕事はありそうな気配があったが、超激情型のリーダーとの関係は最悪までに泥沼化しており、当事者間での直接協議の末に秋で現場を離れることになった。

 

改めて転職活動を始めると

 

「百年に一度の不況だ」

「いや、百年どころか数百年に一度の大恐慌だ」

 

と言った声はあちらこちらから聞こえはしたものの、まだ実感は無かった。確かに、それまでの転職活動の経験に比べ求人案件数は減っており、Webの転職サイトなどからスカウトの声がかりも少なくなっていたとはいえ、それでもまだ求人案件の情報はポツポツと流れてきていた。現場を離れて一か月も経たないうちに、幾つかの面接をこなし決まりそうなものや、OKの返事が出たものもあったが、条件が合わなかったり、まだまだいいものが出てくるだろうとの期待感でズルズル過ごしているうちに、そろそろ2ヶ月が経過して3ヶ月目に差し掛かり始めた。

 

こうした求職活動というのは、現場を離れて直ぐに決まるというパターンが理想的で、ブランクが長くなると段々と決まり難くなっていく傾向にあるようだ。そんな時期に大手電気機器メーカーC社のIT部門を専門とする独立系企業の面接を受けて

 

「C社から、内定が出ました。週明けからにも、早速現場入場の予定になります」

 

という回答があった。「内定通知」にすっかり安心していたとはいえ、ちょうど時期が重なるように過去に稼働実績のあるG社から、NTT系大手通信事業者から面接依頼があった。決まらない時は、面接を繰り返してもなかなか決まらないものだが、決まる時は不思議とこのように重なるのである。

 

これまで馴染みの深いNTT系列のプロジェクトとはいえ、この案件自体はセキュリティ機器の検証という「下流工程」であり、それに比べC社の方は「上流工程」と言うふれこみだっただけに、気持ちとしてはC社の方にかなり傾いていた。ところが


「早速、次週からにも入場の方向で・・・」


と言っていたのが、週が明けても音沙汰がない。そうこうしているうちに、後から受けたG社のNTT某案件で「内定通知」が来て、決断を迫られる。「下流工程」とはいえ商流が悪くなかったため、条件的にはほぼ希望の満額が提示された。

 

気持ちとしては、すっかりC社の「内定」を当てにしていただけに、他の案件はストップしており、唯一動いていたNTT某は内定となったが、やはり「下流工程」というところに引っ掛かりがあったのは事実だ。これはひっくり返し、再度仕切り直しということも考えたが、C社の「内定通知」がひっくり返ったことや、気付けば12月に入った事でこれ以上モタモタしていると年末が近くなり、どの会社も面接どころではなくなり、ズルズルと越年というのは最悪のパターンだ。

 

(「下流工程」にはこの際目を瞑って、数ヶ月我慢しながら良い案件が出てきたら、適当なタイミングで契約を打ち切ればいいではないか)


と考え、この案件を引き受けた。

 

元々、こうしたIT現場の委託/請負契約は、3ヶ月や6ヶ月の短い期間の更新型であるから契約違反になるわけではないし、事前にそのようなこともありうる、というのは営業にも伝えていた。当然ながら、逆にこちらが幾ら続けたいと言っても、先方都合で契約途中で打ち切りということも、世間では日常茶飯事でもある。また、世間的には「100年に一度の大不況」が益々声高に叫ばれてきていたが、まだまだ求人案件が流れてきていたり、面接依頼も来ていたから実感が薄く


「他の業界はそうかもしれんが、IT業界は大丈夫だろう・・・」


などと、暢気に構えていた。

 

そのような中途半端な気持ちで入ったのが悪かったのもあるだろうが、やはり懸念していた通りこの職場も仕事もまったく合わず、最初の週で早くも嫌気がさしてしまった。こうなると仕事に身が入らず、結局協議の末にG社からこの仕事に相応しい技術者を1ヶ月以内に交替で入れるという条件付きで、現場から離れることになった。

 

こうして枠をひとつ確保したにもかかわらず、あくまで「続けてください」と、代替要員を用意できなかったG社の責任まで、こちらは被るつもりは毛頭ない。

 

現場レベルでは「この工程に相応しい代替要員との交代」という線で合意が出来ていたが、代替要員を用意できないG社が


「何とか我慢して、あと数ヶ月続けてくれないか?」


と持ちかけてきたため、話がこじれた。

 

「やらないと言っている!」

 

このG社のH氏とは、数年前からの知り合いで性格はよく知っていると思っていたが、やはり人間には裏表があるものらしい。たまたま、Webの掲示板で

 

「転職サイトによく写真が出ているマネージャーのKは、トンデモなヤツ。新人研修では『オイ、コラ』口調で、まるでヤクザ」

 

などと書いてあるのを見た時は、ビックリした。この書き込みを見たのは、NTT某でのいざこざがあったよりもかなり後の話だが、NTT某の契約で揉めた時はかなり激しくやりあった(というか、最後の方はかなり一方的になっていたがw)

 

「そちらの自己都合で辞めると、正当な支払いが履行されない場合がありますよ」

 

と脅すH氏に激怒し

 

「万一、金が払われんなんてバカなことがあったら、タダでは済まさんからな」

 

と恫喝した。

 

最後の打ち合わせで汐留の職場ビルに来たH氏に、用意してきたセリフを言うため  「ちょっと・・・」と、人気のない場所にH氏を誘導しようと肩に手を掛けた時は、ハッキリと怯えの表情が浮かんでいた。

 

「前から再三言ってきたが、金が払われないなどのおかしな動きがあった場合は、タダでは引き下がらんからな。こっちは、B社(G社の上位会社)の社長とも面識がある(このB社からも、かつてスカウトメールが来て、会社訪問をした時に社長面接も行っていた)し、直談判だって出来るんだからな」

 

と宣言すると

 

「そういうこと(金を支払わない)は、普通はありませんので・・・」

 

と、ぼそりと呟いたH氏。前回の話合いでは

 

「今は、本当にどこも仕事がないですよ・・・」

 

などと言っていたが

 

「そんな市場の状況など聞いてない!」

 

との返答にすっかり諦めたか、また電話で言っていた「あと数ヶ月」云々はおくびにも出さず


「それでは、残り期間をよろしく・・・」


と言い捨てると、逃げるように去っていった。

0 件のコメント:

コメントを投稿