2009/07/27

大恐慌(東京劇場・第8章part4)

例年、4月といえば要因の入れ替えや増員など、需要が活発になる時期である。それだけに、この時期に期待するものは大きかったが、期待に反して案件はまったく出てこなかった。景気の先の見えない不透明感から、どの企業も軒並み予算削減は勿論、4月から予定していたプロジェクトの中止や延期、または縮小や空中分解といった事態が、あちこちで続出していた。

 

元々、3月で契約が切れるものは多いはずで、例年ならばその代替要員のニーズだけでもたくさんあるところだが、予算が取れず契約が終了するだけで代替要因を取らず縮小したり、予算をケチって自社の社員で賄うなど苦肉の策が取られた。

 

「今の予算編成は来年再来年のものだから、12年先は今以上にもっと酷い状況になるだろう」

 

どの営業からも、聞かれるのは暗い話ばかりだった。

 

そもそも「面接をうまくやれば決定」という常識が覆され「面接がうまく行っても、わけの分からない理由でNGになる」ということが、それも体力のあるはずの大手資本系列の企業から、立て続けに繰り返されたことにより

 

(これじゃあ、面接をしても意味がない・・・面接に行くだけ、時間と金の無駄だ)

 

と、モチベーションがすっかり下がってしまった。

 

正確に言えば、暇だから時間だけはたっぷりあったが、金の方が心細くなってきた。 面接交通費もバカにならないもので、1社に面接に行くだけでも1000円近くはかかるから、無駄な面接で金を浪費したくはないが、さりとて面接に行かなければ決まる可能性は「ゼロ」だ。それでは有力そうなものだけに絞って面接に行きたいところだが、このようなプロジェクトは「極秘」の場合が多かったり、守秘義務とやらも年々煩くなる一方で詳細情報まではなかなか開示されず、実際にエンドユーザー面接に行くまで本当のところは、なかなか明らかにならなかった。

 

くわえて、このころには面接依頼そのものが極端に減っていた。以前なら「案件情報」としてメールで送られてくるものに返信をすると、たいてい面接依頼が入ったものが、この頃は案件情報が流れた段階で応募者が殺到してきていたらしく、企業側も出来るだけ単価を抑えコストパフォーマンスをあげようと、あちこちのパートナー企業に案件情報をばら撒いていたから、対象者がネズミ算式に増えていった。

 

このようにして、一人または少人数の募集に数十人の応募者が殺到するから、採用する側では面接どころか書類選考すら捌き切れないのが実情であろう。そこでエントリーの際に、必須スキルに関する質問事項が添付され、まずはその回答を元に書類選考を行っていたらしく

 

「必須スキルに関する回答が書いてない場合は、NGとなります」

 

などと書いてあった。そのような状況だけに、面倒な回答を作成しても実際に面接に至るものは数件に1件という、非常に低い確率までに落ち込んでいた。

 

レベルを落とせば決まりそうなものなら23あったが、あくまで自分の方向性にこだわった。無論、世間が「200年に一度の大恐慌」なのだから、仕事がなくて困っているのは自分だけではなく、多くのフリー技術者が同様だ。自分のように独身であれば、自分が贅沢をするのを我慢すれば良いだけだが、家庭持ちの場合はそうはいかない。

 

そこで背に腹は変えられず、上流志向や経験者であっても妥協して下流の仕事を請ける者も少なくないようだった。むしろ、下流でもまだITの仕事に従事できれば良い方で、妥協しようにも下流の仕事すら決まらないのが現状だ。仕方なく、コンビニや飲食店などのバイトでなんとか食いつないでいる者も少なくないようで、中には怪しげな仕事に身を窶したり、実家に「緊急避難」をしている者もいたらしい。

 

そして、まったく他人事ではない状況にまで追い込まれていた。これまでの相場からすると、絶対に選択肢に入らないような大学のサポートの仕事に応募した時は、さすがに

 

(ここまでレベルを落とせば、簡単に決まるだろう)

 

と思えた。

 

(今更、10年前のまだ駆け出しの頃のような単価と仕事内容の、こんな仕事が出来るのか・・・)

 

と内心の葛藤はあったが、背に腹は変えられない。それでも、コンビニやガソリンスタンドでバイトをするのと比較すれば、まだしも単価はマシだったしITの仕事というだけで救いだ。ところがまず転職サイトから応募すると、大阪の本社に居る社長という人物から電話がかかって来た。

 

「エントリーシートを見ると、NEとしてかなりの経験とスキルをお持ちのようですが、今回の仕事は記載している通り大学のLANとかPCのサポートなので、そんなに高いスキルは必要ないわけです。決してNEというような内容の仕事でもないですが、その辺りの認識違いなどがないかと・・・」

 

「認識違いはありません・・・」

 

「あと単価ですけど、これもやはり記載している程度しか出せませんが・・・おそらくこれまでと比較すると、半値かそれ以下ではないかと思いますが・・・今はなかなか仕事がない状況でしょうが、この点が大丈夫なのかと気がかりでして・・・」

 

「その点も、まあ大丈夫です・・・」

 

という経過を経て、面接に行った。

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