2009/07/28

大恐慌(東京劇場・第8章part5)

「実は、このようなご時世のせいか、予想以上に応募が殺到しましてね・・・大変申し訳ありませんが、率直に言って当社としても儲けが多い方が良い訳なので、出来るだけ単価の低い方を優先して選考するつもりです」

 

「なるほど・・・」

 

「つまりその、なんですな・・・正直に申し上げて、どうも記載した単価以下でも、喜んでやっていただけそうな方が多くいらっしゃるようなので、そうした方向で進めて行きたいと考えております・・・」

 

これでは、テイのいいNG宣言と同じだ。

 

「そんなことなら最初から無駄足なのだから、交通費を返せ」

 

とでも言ってしまいたくなるような、そんなケースが多かった。ここまで来ると、まったく奇麗事など言ってはいられない。もはや微かな望みを繋いでいたIT業界は望み薄で、いよいよコンビにでもなんでもやらなければならないところまで追い込まれていた。

 

いまさら実家に泣きついていくわけにも行かないし、母親はともかくまだ商売をしているオヤジには、ボロクソに説教されるのが落ちである。実家に泣きつくくらいであれば、まだしもコンビニや警備員のバイトの方がマシに思えた。どんなに苦しくとも「実家とサラ金」の二つは、自分にとってアンタッチャブルであった。

 

そうはいっても、厳しい現実に向き合わねばならない。一体、バイトでどのくらいの金になるのか?

 

バイトといっても、IT以外は何のキャリアも資格もないのだから、出来るのはコンビニ、ガソリンスタンド程度しか思い浮かばない。警備員もそれなりの資格やキャリアが必要だそうで、それらのないものは駐車場の交通誘導くらいだ。そして、これらのバイトではどう頑張っても、時給1000円にも満たないだろう。これでは毎日8時間働いて、月に20日稼働で15万弱だ。月15万弱で、どうやって生活しろというのか。家賃が10万だから、これだけで既に5万しか残らない。食費を切り詰めても、それで終わりだ。

 

となると、そもそも安い物件に引っ越さないといけないということになるが、まず引越し自体に金がかかるし、面倒でもある。いまさら、安アパートに住む気もない。そう考えると、結局はどうしても「なんとかITで・・・」という結論に戻ってしまうのだ。

 

IT以外の繋ぎのバイトでは、どう頑張っても月20万が限度だろうが、ITの仕事ならいかに今の不況だとはいえ、最も下流の工程に甘んじたとしても30万より下がることはない。ということは、数ヶ月分のバイト代くらいはITならすぐに取り戻せるのであり、また独身だから贅沢を言わなければ30万程度でも生活は成り立つ。ところが不思議なもので、必ずしも金だけで生きているわけではないのが人間である。

 

先に見たように、理屈からすれば

 

ITならどんな下流でも、バイトの倍以上の収入にはなるのだから、この際内容には目を瞑って・・・)

 

と考えていたはずが、いざ先の大学の仕事のように下流工程の面接で話を聞いていると

 

(いまさらそんなレベルの低い、下流のつまらん仕事をやらないかんとは・・・)

 

と強烈な虚しさや、やりきれなさに襲われるのだ。ところが、そのような大して面白みのなさそうな安い仕事の面接にも応募者が殺到し、先に例のように雇う方は出来るだけ金のかからなそうな若い技術者を選ぶから、結果は悉くNGである。そもそも

 

(こんなレベルの低い案件だから、自分なら簡単に決まるはずだ)

 

との考えが、間違いあることに気付いた。高い技術レベルの求められる仕事で「スキル不足のためNG」ならわかるが、逆に低レベルのスキル要件で「この仕事には、スキル的にもったいない」という理由でNGというのでは、最早どうしようもない。ところが  (これでまた、振り出しか・・・)というお先真っ暗な気持ちばかりではなく、負け惜しみではなく

 

(あんなレベルの低い仕事で、決まらなくて良かったじゃないか・・・)

 

と、内心ホッとするような心境も同時にあった。

 

そのようなジレンマを抱えながらさらに活動は続いたが、傾向としては先の大学サポートのような単価の低い仕事か、逆に自社の社員では到底賄いきれないような極端に高いスキルの求められるものしかなく、しかも単価は下流工程並みに信じられないくらいまで暴落していた。

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