2007/04/04

偶然(東京劇場・第3章part6)


 話は、3年前(2004年)に遡る。名古屋に見切りをつけ東京進出をして、仮住まいのウィークリーマンションに滞在しながら転職活動をしてきた経緯は、既に触れてきた。幾つかの内定を貰ったが、その中でモバイル放送の新サービス立ち上げプロジェクトの話は、ギリギリまで迷った。

仕事内容的にはそれほどズレはなかったし、条件的にも希望は何とかクリアしていたが、上京してきたばかりという気負いもあって

(まだまだ、これからもっと良い仕事が出てくるんじゃないか?)

という判断で、結局辞退をした。

この時、元請け企業の面接で向こうは現場リーダーや営業を含む5人ほどが出てきたが、その中で最も偉い役員が意地の悪い質問ばかりをして来たため、やや喧嘩腰になる場面もあった。

面接終了後、窓口となった大手派遣会社の営業M氏から

「にゃべさんは、面接が下手ですね・・・」

と、呆れられた。

「あれじゃあ、相手に喧嘩を売っているようなものですよ・・・」

「あのように、イヤミな言い方をされるとね・・・どうしても、あーなってしまいますよ」

そんな経緯があっただけに、よもや内定が出るとは夢にも思っていなかったが、想定外の内定となったのだ。

この件については結局辞退したが、話はこれで終わらなかった。その後、転職活動が上手くいかず、何度か

(あの時に欲を出さず、受けておけばよかったか・・・)

と、何度か考えていたせいでもないだろうが、その日も実のない面接を終えて重い足を引きずりながら真夏の道を歩いていると、M氏とバッタリと出会ったのである。

「やあ、にゃべさん、お久しぶりです・・・その後の状況は、どんなですか?

仕事は、決まりましたか?」

「いや、まだ決まっていませんよ・・・Mさんところでは、何か出てきていませんか?」

 以前に、こちらから辞退をした時には、このM氏から

「なんとかなりませんか?

向こうは是非来て欲しいと言ってきているし、場合によっては条件的にもまだ交渉の余地はあると思いますよ・・・」

と熱心に口説かれながら、結果的に辞退し

「方向性としては、そんなに違ってはいないんですよね?

こうなると、私はにゃべさんの考えが理解できません・・・まあ嫌だと言われては、仕方がないですが・・・」

といった経緯があっただけに、今更M氏が動いてくれるという期待は、殆ど持っていなかった。だから

「Mさんのところで、何か良い仕事はないですか?」

と訊いたのは、あくまで思わぬところでバッタリ顔を合わせた事での、いわば挨拶のようなものだった。

「今のところ、それらしい件は出てきていませんが・・・にゃべさんがまだそういった状況という事なら、私としてもまた動きますけど」

というM氏のセリフも、いわば挨拶のようなものだと思っていたし、事実それほどの熱意がこもっていなかったのも、無理からぬところだった。

それからしばらく後、結果的に入場する事になった国家機関の件で内定が決まりながら、しばらく待たされている間に契約相手の担当者の胡散臭さが見えてくるにつけ、裏で密かに転職活動を続けていた大詰めの段階で、忘れていたM氏から連絡が入った。

「その後の状況は、いかがでしょうか?」

「一応、決まりましたが・・・」

「決まりましたか・・・  ああ、そうですか・・・」

M氏は、落胆したような口調だった。

「何か・・・?」

「いや、にゃべさんに是非という話があったんですが・・・でも決まってしまったなら、仕方がない」

「一体、どんな話でしょう?」

「でも、もう決まったんでしょ?」

「まあ一応、内定は出ているんですが・・・正直、幾らか流動的な部分もあるので・・・」

「と言う事は100%決まったというわけではなく、まだ別の可能性もあるという事?」

「場合によっては、ありえますね・・・私だけでなく、相手の事情によっても・・・」

「ではともかく、話だけでもしてみましょうか・・・」

と、M氏が切り出す。

「いや、実は前回の面接でOKの出た、例のモバイル放送ですがね・・・にゃべさん、やっぱりやる気はないですか?」

既に内定の出ている某国家機関の案件にしても、内容的には微妙な部分があるだけに、実のところモバイル放送の方が方向性に合っているかもしれない、とも考えられる。

「あの件って、まだ決まってなかったんですか?
もうかなり、時間が経ってますが・・・」

「いや、それなんですがね・・・実は、にゃべさんが辞退ということもあって、ウチとしては代替要因もいないので、手を引いたのですが・・・先日の元請けの会社が、他の協力会社から要員を手配したらしいんですがね・・・」

「・・・」

「ところが、これがですね・・・ここだけの話ですが、スキル的に無理があって一週間持たずに、NGになってしまったんだと言う事のようでして・・・」

「そりゃ、また・・・」

「そんなわけで、先ほど元請けの方から連絡がありまして、にゃべさんがまだどこの現場にも入っていないようでしたら、もう一度意思確認をして欲しいという状況なのです」

「なるほど・・・」

「もしやっていただけるのであれば、金額的にはxxでお願いしようと思っています」

提示された額は、ナント前回より10万近くも上積みされていた。

「また、随分と上がりましたね・・・この前に比べて、10万くらい上がってますな?」

「なにせ今話したような事情で、先方も切羽詰っているのでね。いかがでしょう?」

 「ちょっと、考えさせてください・・・基本的には内定が出ているので、期待に沿うのは難しいとは思いますが・・・」

「私としても、にゃべさんの考えは前回聞いていますので、その辺りはわかっています。あくまで、先方からそんな話があったという事をお伝えするのが目的であり、また私の役目ですからね」


当初、M氏が提示していた金額は、こちらの出していた希望条件ギリギリのラインであり

「希望条件を考慮して、クリアするようにしました」

と言っていたが、国家機関の方は相場を7万上回っていた。ところが、今度はM氏の方が相場を9万上回ってきたから、かなりの好条件と思っていた国家機関より、さらに2万も高額となった。

勿論、金が総てなどとは考えていないが、さりとて「金の問題ではない」と言うのはキレイ事に過ぎない。ワタクシの場合は家族のいない独身だから、物質的な金に拘る理由はあまりないが、技術者としての拘りがある限り、やはり譲れなかった。

いうまでもなく、契約金額とは技術者としての「評価」そのものだ。自分の技術がどの程度の評価を受けたかの客観的な基準が「報酬」になるからには、プライドを満たすだけの金額保証が必要であり、これは仕事のモチベーションに直結する重要なファクターである。加えて東京に出てくるため、膨大な資金を費やして来ていた事情もあった。

が、なによりもそうした条件面以上に、ここまで熱心に

「是非、にゃべさんに・・・」

と言ってきてくれた事に対して心が動いた。やはり、なんと言っても自分を最も必要と思ってくれているところに行きたいと思うのが、技術者(には限らないだろうが)としてのサガなのである。

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