ピュタゴラスの「生の哲学」
ピュタゴラスは、伝承による限りエジプトの魂に関する考え方を勉強し、それを今度は、自分の「人間に対する教説」に仕立てあげ、いわゆる「ピュタゴラス的生活法」というものを打ち立てて行くことになります。
その教説は、一言で言うと「輪廻の思想」でした。
古代ギリシャ人の死後に関する一般的な考えは、ホメロスにあるような、幽体が地下の国に行く、といったようなものだったでしょう。
死んだ後、本体としての魂が別の生物の中に入り別の生を送り、これが繰り返されるといった輪廻の考えは、ギリシャのオルペウス教にもあったとされていますが、このオルペウス教団については詳しいことが分からず、また決して一般的であったとも思えません。
ですからヘロドトスが「これはエジプトの考え方の借用だ」と言ってくるのでしょう。
ただし、本当にエジプトの思想かどうかは分かりません。
ミイラの習慣から、魂が不死だとされていたことは確かでしょうが、輪廻となるとミイラの考え方とは合いません。
ですから、学んだのは「魂は不死であり、再びこの地上に帰ってくる」ということだけであったのかも知れません。
だとすると、輪廻はピュタゴラスに独創のこととなるか、オルペウス教団との関係が問題になりますが、いずれにしてもピュタゴラスに独創的なものであったことは認めてよいと思います。
問題はここからで、生命とはどういうものになるのかというと、ここでのピュタゴラスの立場は全くギリシャ人的なままで、イオニア学派の人々と同様です。
つまり「宇宙は一つの生命体」という例の考え方です。
ただしイオニア学派の人々のように、宇宙の生成論からする合理的説明はなく、ピュタゴラス的な言い方をしてみると、次のようになるでしょう。
すなわち、宇宙は神の生命に満ちている。
それは展開し、様々の事物として生成する。
生命そのものは「魂」として展開しているが、そこに神のものと地上にあるものとが生ずる。
我々の魂は、かつて神的なものであったが、今は天より落ち、この地上の汚れの中をさまよっている没落したものである。
しかし、その神性は魂のうちに保たれていて、したがってそれは不滅であるが、肉体から離れたからといってすぐ天なる神のもとに帰れるわけではない。
地上の汚れに染まっているからである。
したがって、我々の魂は浄化されない限り、地上の肉体の汚れの中を何時までもグルグルとさまよっていなければならない。
しかし、もし浄化されたならば、我々の魂はこの地上を去って、故郷なる天の神の元に帰ることができるであろう、といったような具合になります。
こうして、ピュタゴラスは哲学の教科書などでは「神秘主義」などというレッテルが貼られることになります。
それはともかく、ここに「人生の目的」がはっきり打ち出されています。
そして彼の独創的であったことは、これを単に宗教的信念などに終わらせず、また宗教的呪術や儀礼による浄化という方法を採らなかったことでした。
まずは生活そのものの規定からで、ピュタゴラスの徒と呼ばれた人々は、私有財産をもたず集団での共同生活をしました。
一方、そこまで行かない人々にも共に勉強することは許したようで、この人々は普通の生活をしていたので「ピュタゴラスの徒」とは呼ばれず「ピュタゴラス主義の人」というような呼ばれ方で区分が為されたようです。
こうした生活を通して、例えば当たり前ですが肉食の禁止などによって、身を清めようとしたのです。
したがって、ここでは医術が重視されました。
身体をバランスよく健康的にして、身体的節制をこころざしたからです。
ですから医術というより、むしろ「養生法」といったほうがよく、事実、彼等は薬といったものはあまり認めませんでした。
実際、医術のうちでも養生に関する部門が一番であり、食事と休息、また料理の在り方などが研究された、とあります。
ピュタゴラスにとっては「節制・節度、調和・秩序、温和」を保ち、肉体的欲望・快楽、苦痛などによって掻き乱されないことが大切とされていたようです。
※ http://www.ozawa-katsuhiko.com/index.html 引用
※ http://www.ozawa-katsuhiko.com/index.html 引用
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