インドで仏教が生まれる以前に勢力を誇っていたバラモン教。
大乗仏教では、この世の善行によってより良い世界に行けるという救いの思想「六道輪廻(ろくどうりんね)」があります。
バラモン教にも「五趣(ごしゅ)」、「五道(ごどう)」という輪廻思想があり、初期の仏教ではこれを踏襲していた形跡がありました。
大乗仏教では、ひとつ増えて6種類になりました。
仏教とバラモン教における輪廻思想の違いと「六道輪廻」が成立した経緯を東京藝術大学大学院教授(文化財保存学)の籔内佐斗司(やぶうち・さとし)さんが解説します。
●バラモン教の独特の輪廻思想
バラモン教の特色は、根幹に輪廻思想があることと、カースト制度が確立していたことでした。
古代の人たちは、素朴な発想から、人間は肉体と霊魂でできているという二元論を信じていました。
物質である肉体は必ず滅びるが、物質ではない霊魂は永遠不滅で、次の生を求めてさまようものと考えたのです。
肉体は大地に還り、霊魂は天界に昇るとしたのと同時に、その人の生前の行いによって霊位が上下し、次に宿るべき肉体が決まると信じた、これが輪廻という考え方の基本です。
バラモン教は、この輪廻思想をもとに、生前のその人の信仰の度合いによって決まる霊位、つまり次に生まれ変わる境涯を「天界」、「人間」、「畜生」、「餓鬼」、「地獄」の5種類としました。
バラモン教の「五趣」、あるいは「五道」といった考え方です。
バラモン教の下では、この死後に関わる「五趣」の思想を、現世の社会階級にまであてはめていきました。
天上の神々の下にバラモン(司祭階級)、クシャトリア(王族、武士階級)、バイシャ(庶民階級)、スードラ(奴隷階級)という4つのカーストが制度化されたのです。
一旦、そのカーストに生まれてしまうと、死ぬまでその境涯から逃れることができないという苛酷なものでした。
バラモン教を熱心に信仰し徳を積むことで、次の人生では上位の境涯に生まれ変われるという希望はありましたが、最下位のスードラにはそれさえなく、スードラは永遠にスードラのままでした。
こうしたバラモン社会に疑問を抱き、社会の底辺の人たちを救済するために新しい宗教哲学を創始したのが、お釈迦さまだったのです。
●仏教とバラモン教はどう違う?
仏教では、バラモン教にはない輪廻界の上に、輪廻から解脱した如来や菩薩の住む「仏界」があります。
その下にある「六道輪廻界」は、善趣と悪趣の2種に分かれています。
善趣とは「天」、「人」、「修羅道」、悪趣は「畜生」、「餓鬼」、「地獄」です。
つまり、バラモン教では、輪廻界のなかで生まれ変われるだけだったものが、大乗仏教の輪廻思想では、六道輪廻を解脱すれば、仏界という光に溢れた悟りの世界に入ることができるのです。
仏教では、輪廻の「五趣」が「六道」になっている点がバラモン教と違います。
大乗仏教では「修羅道」が加えられて六道になったのですが「修羅道」とは何でしょうか。
修羅道をおさめるのは、ゾロアスター教の最高神、アフラ・マズダー(阿修羅〈あしゅら〉)であるといわれています。
したがって、これはアフラ・マズダーの率いる悪鬼・夜叉の衆、といったところでしょう。
ゾロアスター教は、イラン高原で3000年以上前に成立した古い宗教です。
なぜその最高神が、六道に加えられたのでしょう。
残念ながら、中央アジアの古代宗教の文物は、7世紀に成立したイスラムによって徹底的に破壊されてミッシングリンク(失われた輪)になってしまい、大乗仏教も未解明の部分が多くあります。
おそらく、仏教がゾロアスター教の聖地であるアフガン地域に広まることで、ゾロアスター教徒と仏教が対立する時期があり、そのためにアフラ・マズダーを悪の象徴として人間界の下位に位置付けて「六道輪廻」が成立したのではないか、と私は考えています。
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