一方のブラームスは、ロマン派の時代に生きながらもワーグナー派とは一線を画し、あくまでもベートーヴェンの堅固な構成と劇的な展開による古典的音楽形式の構築という面を受け継ぎ、ロマン派の時代の中で音楽形式的には古典派的な作風を保った。
しかし、旋律や和声などの音楽自体に溢れる叙情性は、ロマン派以外の何者でもなかった。
ワーグナーの音楽は、次第に官能的・威嚇的で大袈裟なものへと発展したのは否めず、ブラームスにしてもベートーヴェンの有機的で厳格な構成に比べると粗雑な面があり、普遍的というよりドイツ民族的な芸術であった。2人の巨匠をもってしても、ベートーヴェンの衣鉢を完全に受け継ぐ事は出来なかった。
この事から
「交響曲、ピアノソナタ、弦楽四重奏曲は、ベートーヴェンで歴史的な頂点を迎え、後は衰退の道を辿る」
とまで断言する専門家もいる、とも言われる。
また、この古典的形式における劇的な展開と構成という側面は、ブラームスのみならずドヴォルザークやチャイコフスキー、20世紀においてはシェーンベルク、バルトーク、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチ、ラッヘンマンにまで影響を与えている。
欧米ではJ.S.バッハの『平均律クラヴィーア曲集』が「ピアニストのための旧約聖書」と言われていたが、ベートーヴェンの『ピアノ・ソナタ』が出てからは、こちらが「新約聖書」と言われているのは有名だ。音楽の父J.S.バッハ、天才モーツァルトという二人の偉大な先達に比しても、決してヒケを取らぬ「楽聖」ベートーヴェンである。
生前は、教会オルガニストとしての輝かしい名声に比べ、作曲家としては殆ど評価されぬままに、晩年は失明の憂き目に見舞われた大バッハ。また赤貧の中で不幸にも35歳という若さで夭逝してしまったモーツァルトという偉大な先達と同じように、またベートーヴェンにも過酷過ぎる運命の試練が待ち受けていた。
20代後半から、音楽家としては最も重要な生命線ともいうべく聴力が著しく衰え始め、残り半生の生涯を通じて「難聴」に苦しめられ(まったく聞こえなくなったわけではないらしい)ながらも、その限界的な状況の中で後世に遺る数々の傑作を産み出して来たのが、ベートーヴェンの真の「偉大さ」と言える。
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