同様に某アホタレントの覚醒剤事件でも、マスゴミは例によってバカ騒ぎをした。しかも衆議院選挙前の時期を、メディアはこのくだらないニュース一色に染め上げたのである。
芸能界の「薬物汚染」は酷いもので、これまでも数え切れないくらいのタレントが「犯罪」を犯しながら、たかだか数ヶ月程度で何事もなかったかのように、ヌケヌケと復帰しているのだから何をいまさらである。これが一般社会であれば、会社をクビになるだけでは済まず、社会的に抹殺されて一生が台無しになるような「犯罪」であっても、芸能界では殆ど罪の意識もないままに「禊の儀式」だけで易々と復帰している「前例」が幾つもあるのだから、罪の意識もさらに希薄になるのだろう。まさに、モラル崩壊極まれりである。
勿論「芸能界」という特殊な世界だから、一般社会とイコールで考えることは出来ないが、それにしても覚醒剤のような社会的に重大かつ悪質(基本的に暴力団などの重要な資金源)とされる犯罪が数ヶ月で忘れられてしまうというのは、いかに特殊な世界とはいえ許されるはずがない。ところが現実には、殺人という究極の犯罪を犯しながら、出所後に芸能界に復帰しているのもいるくらいだから、トンデモナイ世界だ。
そもそも「タレント」という言葉は「才能、素質」であり、元を辿れば古代ギリシア・ローマ語の「talanton(タラント)」という貨幣[重量]の単位のことで、聖書の物語において「才能」に応じてタレント(貨幣)を分配したことから来ている。
前記の不祥事タレントなどは言うに及ばず、今の芸能界で真に「タレント(才能、素質)」と呼ぶに相応しい芸人が一体どれだけいるのか、と疑問に思えて仕方がない。ただしく「芸能界」ではなく「電波芸者界」と称すべきであろう。
件の元アイドル崩れにしても、正直なところ一部の奇特なファンは別とすればとっくに忘れられた存在で、むしろ今回の薬物騒ぎで有名になったとくらいだから、今後の活動によってはある意味「売名」と言われてもおかしくないのである。
年末恒例の紅白歌合戦で「暴」疑惑の歌手を排除しようとしたら、演歌系の出演者が殆どいなくなったというニュースもあったが、昔から「暴」疑惑と在日K国人で成り立っている、と言われていたのが電波芸者界の実態なのである。
それはともかくとして、最初に書いたように20 世紀後半に映画に取って代わって約50年、奇しくも映画の黄金時代も「50年」続いた後にテレビに取って代わられたが、その歴史を繰り返すかのように、皮肉なことにテレビもまた「50年」という節目を迎えたところで、インターネットの急成長によって遂に「娯楽の王座」を取って代わられつつある。
話は変わるが、毎年発表される「就職人気ランキング」では、テレビ局が軒並み上位を占めており、実際テレビ局の社員はかなりの高学歴揃いらしい。どの局も、社屋は都内の一等地にご立派なものを構えているのも、ご承知の通りである(NHK=渋谷、テレ朝=六本木、TBS=赤坂、フジ=お台場、日テレ=汐留、テレ東=虎ノ門)
それだけの「エリート集団」を抱えていながら、なぜあのように中身のない白痴番組ばかりを垂れ流すしか能がないのか?
そもそも「退屈凌ぎの娯楽提供という代物に過ぎないテレビ」番組なんぞを作るために、何を血迷ってあれほど一流大出のエリートばかりを掻き集めるのか、理解に苦しむ。
実際、テレビ局の社員なんぞ大した能力も要らないだろうに、大手商社や世界的な大企業のエリートらよりも遥かに高収入というのだから、空いた口が塞がらぬ。あのような、愚にも付かぬ白痴番組しか作れず「退屈凌ぎの娯楽」さえまともに提供できていない「電子紙芝居製作屋風情」が、占領軍の白痴化政策のお先棒を担がされてきた自覚とて微塵もなく、エリート意識だけは超一流らしいのだけでもおこがましいのである。
そもそも、テレビ局(NHK以外の)はスポンサー収入で成り立っているからスポンサーには頭が上がらず、基本的にスポンサーの意向を反映した番組作りになるが、一方では映画と違い視聴者にはタダで番組を提供している。
それだけに、TV製作屋どもには「ただで見せてやっているんだから」といった驕りがあるに違いない。だからこそ、中身のないくだらない番組を作っても「ただで見せてやっているんだから、文句を言うな」と、恬として恥じることがないのであろう。
そもそもテレビ局事業は、限られた電波を免許で割り当てられた「社会の公器」であるが、誰でも作れない免許企業であるという既得権益に胡坐を掻いているところは、お役所仕事に通じるところがありそうだ。
あれほどの高収入を稼ぎ、またそのようなものを有難がって押し戴いている「愚民」という図式の嘆かわしさをずっと感じてきていたが、そうして我が世の春を謳歌してきたテレビ業界にも、いよいよ斜陽の秋風が吹き荒れ始めた。
放送技術やハード面では折角の優れた技術を持ちながら、肝心のコンテンツが酷い惨状を呈しているテレビは、最早凋落の道を一瀉千里に辿るのは時間の問題である。
「一億総白痴化」のお先棒を担いできたツケが、インターネット等の新メディアに「娯楽の王様」の地位を譲る結果となった。