2005/08/05

ラウンジの「女王」

 京都・西陣の老舗呉服商の娘として生粋の京都っ娘である美和は、歴史や地理にも殊のほか詳しいばかりでなく、その美貌から入学早々の身でありながら、早くも「ラウンジの女王」の座に祭り上られていた。

 

 ある時、例によってラウンジに屯するナカニシ、オーハシらに


 「京都の地理とか、さっぱりわからんから、教えてくれんか?」

 

ワイらは難波人やん。京都のこってなんぞ知るかいな。」

 

とにべもない。

 

その時、向こうでバカ笑いしている甲高い声が響き渡った。

 

京都の地理っちゃー、あっこにほんまもんのお嬢がおるでぇ、アイツに聞け

 

と、振り返ると美和の姿が。


 「そへんねー。
 地理ゆーたかて、どっから始めたらえーんかな」


 と京都の地図を広げたテーブルを前に、2人並んで腰かける形で美和の「京都講義」が始まった。


 「ほんじゃあ、まあ基本的なところから説明しよか。
 えーっと・・・まず、京都には「通り名」ゆーモンがあって


 と白くしなやかな指を、地図上に指し示していきながら「講義」を勧めていく美和。京都老舗のお嬢・美和の「京都講義」が始まるや、あっという間にゾロゾロと野次馬連中が集まってきた。さすがは人を寄せ付けるスターだ。


 その美しい甲高い声と、舌足らずの甘ったるい口調は非常に頼りなげな呂律で


 (なるほど・・・こういうところが、オトコゴコロをくすぐるのだな・・・)


 などと変なところばかりに感心してしまい、肝心の「講義内容」はサッパリ頭に入ってこない。


 あれだけの個性派揃いだった『A高』では、男勝りで能吏タイプの女学生は何人か居たが、この美和のようなタイプは初めてお目にかかっただけに、より胸が躍ったのも無理からぬところだ。


 恐らくは、自分以外の男子どもに共通の気持ちであったろうが、果たして美和がこれを意図してやっているのか、それともこれが自然体なのかの判別は困難だった。

 

この話し口調だけ訊いている限りは
 

(コイツ、知性の方は大丈夫かいな?)


 と非常に危ぶまれる頼りなさだったが、噂によれば単に「老舗のお嬢」というだけでなく、非常に天才的な頭脳の持ち主であるとのことだった(俄かには信じ難かったが)


 確かにあの呂律の怪しい、独特のか細いネコ撫で声で話す口調そのものは、どう見ても高校生レベルで、外見もまだ少女のようなあどけなさの残る可愛らしい童顔である。


 さらにまた、さすがに育ちの良さを感じさせるような、おっとりとした物腰がいかにもふれなば落ちぬ「京女」の風情であり、たちまちのうちに男子のアイドル的な存在になったのも当然と言えた。

 

それにしても、とにかよく笑う陽性で実に開けっぴろげな性格だ。あの笑いといい性格といい、知らない人が見たら戸惑うくらいに、何かにつけて常軌を逸したエキセントリックなところがあった。


 「にゃべは、大阪事は結構知ってはるやんね?」


 「ああ・・・マサムネに、少し聞いたからな」


 「マサムネって・・・?

コーちゃん・・・いや、ダテ君のことかいな?」

 

つい口を滑らせたか、やけに親し気な「コーちゃん」という呼び方が気になる。さては、あの好色男め、もう手を付けやがったか!


 「そないいえばコーちゃんって、きょうび出てきーけったい・・・どへんなってはんんやらはりはらはる・・・?」

 

最初こそは、「いや、ダテくん?」と慌てて言い直したものの、すっかり普段めいた口調の「コーちゃん」に戻っているのが、彼女のズボラというか大らかさを物語っていた。


 「ま、アイツはほか(ナンパ)の事で、常に頭が一杯みたいだから・・・」


 「へー、そうなん?」


 残念ながら、常に大勢の「取り巻き」に囲まれていた箱入りお嬢による「京都講義」は、人気者ゆえか様々な横やりや邪魔が入ってしまい中途半端に中断となってしまった。 (;・_・)ノ

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