2005/02/28

偏屈兄(マッハ劇場part1)

2の年の暮れから年明けにかけての冬休みを含め、1ヶ月近く「不登校」を決め込んでいた、にゃべ。当時は江戸川乱歩に嵌り、カーテンを閉め切った薄暗い部屋で乱歩を濫読していたが、やがてそれにも飽きると「19歳の浪人生」と偽って、名古屋地下街にあるブティックでバイトを始めた。初めて見る別世界の刺激にすっかり取り付かれ、学校を退学して社会人になろうかと熱に浮かされていた頃である。

 

そんな折りも折り、バイト先に兄のマッハがひょっこりと現れた。兄が弟のバイト先を訪ねるという話だけなら、世間的にはまったく珍しくもなんともないのだろうが、こと「マッハが訪ねて来た」となると、話がまったく違ってくる。なにしろ、このマッハという男は生まれながらにして相当な偏屈者だったが、年を重ねるごとに偏屈ぶりと度を超した秘密主義は益々、病膏肓に入った

 

にゃべ家の慣わしにより、中学から母屋離れのビルに部屋を貰い受けると、食事や風呂、あるいはTVを観る時にしか母屋には寄り付かず、両親とは殆ど口をきかなくなっていく。しかも必要なことすら話さず、高校受験、大学受験と、いずれも両親にはひと言の相談や報告もなく、進路相談で学校を訪れた母が教師から、その志望先を初めて聞いて驚くということが続いた。しかもマッハが独断で選ぶ先は、他の学生が当たり前のように選ぶ地元や家の近くの学校ではなく、決まってやたらと遠方で有名ではない学校ばかりだった。地元には、他に幾らでも入ることの出来る学校があるにもかかわらず、なのである。

 

そのようにして、理由はまったくわからないものの、両親から身を避けるようにして遂にはオヤジの反対を押し切って強引に東京の大学へ入学すると、実家に帰ってくることも殆どなくなった。その後も、どこに住んで何をやっているのかまったく定かではなく、役所で調べた住居へオヤジが手紙を送ると、二度目には決まって「宛先不明」として、その葉書が帰って来た。その行動は、あたかも自分の住所を知られる都度、慌てて身を隠すように転居を繰り返しているようにしか見えず、当然ながら両親の多大なる不信感と不興を買うことになった。

 

そのマッハが、突如として弟のバイト先を訪ねてきたのだから、これは皆の驚くまいことか。そもそも、東京に住んでいると信じられていたマッハが、名古屋に来ていたことにも驚いたが、その上なんの前触れもなくバイト先にいきなりやって来たのだから、これでは驚くなと言う方が無理である。

 

ともあれ、バイト先にやってきたマッハは、バイトの終わる時間が20時だと知るや

 

「じゃあ、その頃にまた来るぜ・・・」

 

と去っていき、20時を過ぎると予告通りやってきた。

 

ここからは一人ワタクシばかりではなく、マッハを知る人間すべてにとって驚きの連続となる。それまで、皆から漠然と「東京に住んでいる」と信じられたマッハが、実は名古屋のボロアパートに住んでいたことにまず驚かされたが、そこへ「遊びに来るか?」  と誘ったのも、これまでの超秘密主義の性格からすると、絶対に考えられないことだった。

 

しかも、それだけでなく

 

「なんなら、泊まって行ってもいいぞ・・・ともかく、酒でも飲みにいくか。飲めるんだろう?」

 

という誘いも、あのドケチで知られたマッハには、考えられない言動だったのである。

 

マッハのドケチぶりを物語るエピソードとなると、それこそ枚挙に暇がない。小学生時代、茶碗蒸しの銀杏が好きだった母に、自分の茶碗蒸しの銀杏を「150」で売っていたのがマッハであり、また読書家だった彼は自ら読破した小説を片っ端から母に貸して、定価の半額を取って小金を溜め込んでいた、などなどである。

 

現に、マッハの妹たるミーちゃんや弟に当たるにゃべにしても、子供の頃からこの兄に何かを買ってもらったことはおろか、誕生日にプレゼントをもらった記憶すら一切なかった。そのマッハが「呑みに行こう」と誘ってきたのに始まり、また実家に居る時から家族は誰も部屋に入れることがなかった、あれだけの徹底した秘密主義者が「泊まっていけ」と誘うのだから、これは誰しも我が耳を疑いたくなろうというものだ。しかも、その時に限っては、その口調や表情から、からかいや冷やかしではないことは明らかだった。

 

そうして、この日は好意に甘えてマッハの奢りで居酒屋に行き、そのままボロアパートに泊まった。当時は実際は高校2年だから、まだ17歳で未成年もいいところだったが、なにせこの薄情な兄貴は弟の年齢などは、まったく覚えてはいなかった。

 

思いついたように

 

「そーいや、オマエは幾つなったんだ?」

 

と聞いてきたから「19歳で浪人中」と、嘘を吐いた。こちらとしては、実家に居る時から殆ど接触がなく「兄」という感情は薄かったものの、それでも自分よりは7歳年上くらいは当たり前にわかっていただけに、向こうも弟の年齢くらいは当たり前にわかっているものと思い込んでいたのである。だから

 

「オマエはまだ高校生のはずなのに、なんでこんなところでバイトなんかしてんだ?」

 

などと当たり前の追及をされたら、どう誤魔化そうかと気を揉んでいたのが、案に相違して「19歳」という答えを聞いても「ふーん・・・」と、殆ど興味なさそうな表情は変わらなかった。

 

結局、その日はマッハのアパートに1泊し、珍しく色々な議論を戦わせたが、その勢いで

 

「オレも早く、一人暮らしをしたい」

 

と呟くと

 

「そーしろ・・・やっぱ、早く独立した方がいいぞ。オマエが本気ならオレも力を貸してやるし、なんなら住むところが決まるまでは、ずっとここに居てもいいんだぞ」

 

という、信じられない事まで提案する始末だった。これについては両親を始め、姉のミーちゃんも

 

「これは絶対におかしい・・・アイツが急にそんなに親切になるなんて、絶対に何か下心があるに違いない」

 

と、声を揃えて警戒を促した。もっとも、マッハがしきりと独立を進めること自体は、特に今に始まった話ではなく、以前からことあるごとに進めてはいた。これに関しては、にゃべ家が自営業のため、家の跡を継ぐ気のないマッハが

 

「弟のにゃべが跡を継いで、家の財産などを手にしてしまうのを危惧している」

 

というのが、両親や姉らの一致した見方だったが、そのようなものにあまり執着しているようには見えなかった。

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