2 行事・儀礼食としての赤飯等
もち米、またはもち米にうるち米を加えた赤飯は、古くから祝儀の席に供されてきた。しかし、地域によっては、必ずしも祝儀の場合だけでなく、不祝儀の場合に用いられることもあり、また仏事などに作られる黒豆おこわも仏事ばかりではなく祝儀の際に用いられることもある。
1930年頃に主婦であった人への聞き取りによれば、祝儀のみでなく仏事にも赤飯が用いられている。祝儀以外でもっとも多く赤飯が使われているのは、お盆の行事である。北海道、青森、岩手など東北の一部や島根県、愛媛県でもみられる。また、愛知、福井、富山、茨城などでは通夜、葬儀、初七日などでも使われる地域もある。
いっぽう、黒豆おこわは不祝儀の際に用いられる傾向がみられるが、兵庫では初端午の節句祝いに嫁の里から持参し、長野安曇平では病気の床上げに、福井、石川では、棟上げに用意するところがある。このような地域によるちがいが何に起因しているかは明らかではないが、富山・下新川のように通夜に用いられた赤飯が次第に黒豆おこわとかわったところもある。
日本人の味覚と嗜好
日本には、ご飯と汁物、香の物をベースに、煮ものや魚の料理を組み合わせる伝統的な食の形式があり、この基本は今日も生きている。味の薄いご飯を中心とした日本の食は、どのような副食も無理なく受け入れることができる。伝統の食材だけでなく様々な国の料理や食材を取り込むのに適している。様々な料理が副食の形で、ご飯とともに日本の食卓に登場する。今日の日本の家庭やレストランでは、伝統的な料理をはじめ外来のものなど、時代や地域を越えた様々な料理が供される。使われる食材も国産だけでなく世界中から輸入され、現代日本は世界各国の料理や食材が集まる「るつぼ」となっている。
輸入された料理は、時間とともに日本的な味わいへと変容する。新しく登場しては消えてゆくものも多い。その変化の中で、日本の食嗜好として認められる料理や食材の現状、ならびに底に流れる日本人の食嗜好の不易について、味覚と嗜好の観点からの把握を試みたい。
I
日本の食嗜好の現状
日本人の食嗜好を把握する目的で行われた、いくつかの調査がある。全国規模で最も大規模なものは、2000年9月に味の素社によって実施された日本人の食嗜好調査である。全国250地点で層化二段無作為抽出した15〜79才の男女5,000人が対象となった。食材80品目、メニュー120品目に対する嗜好、食感への嗜好、味、味付け、風味への嗜好、食材やメニューの知名度などが調査された(表1)。
同社マーケティング担当として実施に参加した朝倉の検証によると、2000年の時点でも、日本人が好む主食は明らかに白米のご飯であり、地域、年齢、性別を問わず、約8割の人が好んでいる。第二位の握り寿司も、それに近い評価を得ている。主食のなかでは、ご飯もののメニューに対する人気は強く、炊き込みご飯、おにぎり、ちらし寿司、カレーライスなどが上位10メニューのなかにランクされている。白米のご飯以外では、4位にラーメン、8位のうどん、9位の日本そばが入るにすぎない。
米の摂取量は低下傾向にあり、1960年代にくらべて国民1人あたりの年間消費量は半分にまで落ち込んでいるが、日本人の米飯好きは揺るぎがないことが明らかである。この調査からは、日本人がご飯離れしているとは言えない。むしろ、主食と副食の量的な比率が大きく変化したために、ご飯の消費が減っていると解釈できる。
日本の主食は、依然としてご飯である。副食が多様化することで相対的にご飯の消費量が減っているのが、現代日本の食の状況である。
表1 好きな主食ベスト10
1位
ご飯(白米)
2位
にぎりずし
3位
炊き込みご飯(混ぜご飯、かやくごはん)
4位
ラーメン
5位
おにぎり(おむすび)
6位
ちらし寿司(五目寿司、混ぜ寿司)
7位
カレーライス
8位
うどん
9位
そば
10位
チャーハン
味の素「嗜好調査」2000、朝倉寛「味覚と嗜好」ドメス出版2006年より一部改変
麺類への嗜好に絞ると、伝統的なうどんとそばがどの年代にも好まれているのに対し、若い世代ではラーメンが好まれている。しかし、現代日本のラーメンは中国のラーメンとは異なり、若い世代を中心としたラーメンブームの中で、つゆの味や麺の腰や固さなどに対する高い要求レベルにさらされ、日本独自の味わいの料理にまで進化している。日本のラーメンは上海をはじめ世界の大都市に進出し、日本の文化として現地の人の好評を得ている。ラーメンに限らず、海外から来た料理をヒントにして日本風にアレンジするのが日本の伝統であり、近年ではそれが新しい感覚の料理として海外に逆に輸出され、好評を得るケースが目立ってきている。
日本人の好きなおかずの筆頭は刺身である。上位には、焼き肉、すき焼き、ギョーザ、やき鳥から10位のステーキまで肉類を主体とする「おかず」が並ぶ。寿司やカレーライス、ラーメンは主食に分類されているので、この中には含まれない。全般的には料理としては魚系のおかずは肉系に押されているが、その中で刺身などの生魚の料理だけは特別であり、年齢を問わず非常に好まれている。
一方、好きなおかずの中には、煮ものが少ない。肉じゃがが9位にランクされるだけである。野菜の煮物には料理名がついていないことが多いので、アンケート結果に表れない可能性もある。京都府下の中髙年主婦を対象とした最近の夕食調査でも、野菜などの煮ものが供される頻度は1週間に1回以下と高くない(「食に関する聞き取り調査」京都食の創生事業(京都市観光局)2008より)。野菜類は、家庭では、サラダ、漬け物、汁物、和え物、酢の物、おひたし、などに広く分散して食されていると思われる。
表2 好きなおかずベスト10
1位
刺身
2位
焼き肉・鉄板焼き
3位
すき焼き
4位
ギョーザ
5位
焼き鳥
6位
魚の塩焼き
7位
鶏の唐揚げ(フライドチキンを含む)
8位
エビフライ
9位
肉じゃが
10位
ビーフステーキ
味の素「嗜好調査」2000、朝倉寛「味覚と嗜好」ドメス出版2006年より一部改変
これらの「おかず」はいわば、料理メニューであり、アンケート調査に応えて外食時に注文する料理をイメージして回答している傾向がある。これに対して、必ずしも料理ではない「食材」段階の嗜好としては、肉類よりも魚介類が好まれている傾向があった。魚介類の中でも、特にカニとエビが全国的に上位を占める。ホタテ貝、ウニ、タイなどは容易に入手しやすい地域で上位にランクされた。肉類では牛肉、豚肉が上位にある。
魚介類は日本人が最も好む食材と言えるものであり、その中でも「カニ、エビ、まぐろ」などへの嗜好性が特に高く、「贅沢な食材」と捉えられているようである。
表3 好きな魚介類ベスト10(特に好きと好きの合計から)
1位
かに
2位
えび
3位
まぐろ
4位
さんま
5位
いか
6位
うなぎ
7位
ほたて貝
8位
あさり
9位
明太子
10位
牡蠣(かき)
味の素「嗜好調査」2000、朝倉寛「味覚と嗜好」ドメス出版2006年より一部改変
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