実は、今日がダメだった場合は
「今度は飲みに行こう」とか「次はゆっくりできるんだよな?」という約束を取り付けるつもりだったが、これだけ忙しそうな様子を見て、ついそれも言いそびれていると
「今度来るときは、事前に連絡くらい欲しいわ。これでもレッスンとか入ってて、なかなか時間が自由にならんから、事前に調整がいるんだよ」
「ほー、なるほど。わかったよ。」
「今日みたいに、いきなり寮の近くまで乗り付けて、周りうろついてたりしたらマジで通報されるよ。私が恥かくし、止めといてね」
「マジでか?
通報って、誰がするんだ?」
「そりゃ、学生とか。寮母とか。ウチの寮母は超煩い人だから。過去にも似たようなことで通報された男が何人もいるし。これ、覚えといて」
「ひえ~。そりゃ、かなわんな・・・」
ここで例のメガネ女子のことを思い出した。
「そーいや、なんか門のとこで出たり入ったり変な女がいたが・・・あれは見張ってたとか?」
「マジ?
それって、メガネかけたおばさんじゃなかった?」
「いや、眼鏡はメガネだが、どうみても学生だろう。チラ見だから、メガネの小柄な子程度の印象しかないが・・・どう見ても絶対おばさんじゃねーな」
「ふーん。もしかしてミユウかなぁ・・・?」
と独り言をいうと
「ねえ。今、私立て込んでるんだ。ちょっと先でもいいなら、都合付けてこっちから連絡するから。そん時は、神戸とかも少しは案内してやるわ」
「ほんとか。まあ、こっちは年中暇だから、いつでも呼んでくれよ」
というと、千春は以前のように手を叩いて爆笑した。
「しかし相変わらずだねー、アンタって!
天下のX大行っても、まだ勉強しないんだねー。それでも留年の心配がないって、ある意味羨ましいよ。」
「皮肉かい、それ?」
「全然。だって嫌いな勉強をしなくてもいいんだったら、好きなことに打ち込めるし。普通ないでしょ、それ。あんな日本中から頭いい人ばっかり集まってるとこでね・・・」
「その話は置いといて、夏休みに帰省とはかするんか?」
「そう、それよ、問題は!」
と、千春はテーブルを叩いた。
「やっぱ、夏休みくらいは帰省せんとだよね?
さっきも言ったようにレッスンとか立て込んでるし、正直すっげー面倒なんだけど、親が帰れ帰れって煩くてね。
にゃべは?」
「うちは別に何も言ってこんな。これまでも金がなくなった時に電話するくらいだったから・・・」
「そうそう。私も結構、お金送ってもらってるから、夏休みくらいは帰らんわけにいかんしねー。まあ、でも(A高の)同級生で会いたい子もたくさんいるから、帰ろうとは思ってるけどね。でも夏休みの課題とか多いんだよね、うちは」
どうやら「天下のX大」とはいえ「暇な文学部」とは全く異なり、名門の音楽学部ともなると大変らしいことが、この時の千春の話でようやくわかって来た。(あるいは彼女が特に期待され、教授などから嘱望されていたためだったせいかもしれぬ。こういうことに関してなぜか自慢めいたことは言わない女だけに、真相はわからなかったが)
「にゃべも、夏休みの課題とかあるんでしょ?
なんせ天下のX大様だし・・・?」
「オマエな~!
さっきから、異常に『X大』というのを強調しすぎじゃねーか?
どうも、ひっかかるんだが・・・」
「別に・・・強調する気はさらさらないけど、フツーに考えてX大ちゅーたらメチャ大変だろーなって思うでしょ、世間的には」
「へー、そーなん?
オレは中におるからまったくわからんけどな。まあ、自由な校風だし、夏休みだからと言って別に課題的なものはなかったと思うが・・・だって、そもそも『夏休み』ってのは「遊ぶための休み」なんだよな?」
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