2005/10/08

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第4番(第3楽章)

ハイリゲンシュタットの遺書(二人の弟宛に書かれた「ベートーヴェンの遺書」の抜粋)

 

おまえたち・・・おまえたちは、私を人に敵意を持ち強情張りで人間嫌いだと思いこみ、また人々にそう言いふらし、私に対する扱いがどんなに不当であった事か。おまえたちに私がそんな人間に見えるという、その隠れた原因をおまえたちは知らぬのだ。すべてに超絶せんとしたが、耳が悪いという二重にも悲しい現実のため、何と無惨にも撥ね返された事か。しかし・・・人々に向かって

 

「私は〇ンボです、もっと大きな声で話して下さい。叫んで下さい!」

 

とは、言えたものではない。私にとっては他の人々よりも、もっと完全であるべき一つの感官、かつては確かに申し分のない完全さで私が持っていた感官、これこそは私と同じ専門の仕事に従っている、わずかな少数の人々のみが享有しており、あるいはかつてその誰よりも享有していたぐらいに、完璧なものであったその感官の欠陥を、そう言って人に知らせるなどという事が、どうして私に出来ようか。

 

そんな事は、私には出来ない。それ故に、おまえたちの仲間入りをしたいと思いながら、私がひとり離れて生活をするのを見ても、私を許しておくれ。私の不幸は、そのおかげで私が誤解されてもいるのだから、私にとって二重の意味で辛いのだ。人々との交際や、巧みな会話やお互いの話し合いに寛ぎを見出すなどという事は、私には許されていない。ひとりぼっちなのだ。まったく、ひとりぼっちなのだ。

 

私の傍に立っている者が、遠くの横笛の音を聞いているのに、私には何も聞こえない。また、誰かが牧人の歌っているのを聞いているのに、それも私には聞こえない時、それは何たる屈辱であったろう。度々、こうした事が重なって私は殆ど絶望し、もう少しのところで自殺せんとした。そのような死から私を引き止めたのは、ただ芸術である。私は自分が果たすべきだと感じている、総ての事を成し遂げないうちに、この世を去ってゆく事は出来ないのだ。

 

弟カールよ。近頃、私に示してくれた愛情に対して、特にお礼をいう。私の願いは、この先おまえたちが私よりも一層幸福な一層心労のない生活をする事だ。おまえたちの子供たちに「徳」を奨めるがよい。この徳だけが人間を幸福にするのであり、金銭ではないのだから。私は、体験からいうのだ。私自身を惨めさの中で支えて来たのは徳であり、自殺によって自分の生命を絶たなかったのは、私の芸術に負うているとともに、この徳のおかげでもある。さようなら・・・互いに愛しあってくれたまえ!

 

この「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いて、一旦は孤独の中に死を決意したベートーヴェン。が、自らの芸術を拠りどころに、強靭な意志力で耳疾と戦いながら再び生きる決意を固めた。そして驚くべきことは、ベートーヴェン(というよりは音楽史上)の傑作といわれる数々の作品は、殆どがこの「ハイリゲンシュタットの遺書」後に創作されたものばかりであるということである。

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