2005/10/19

千春の寮を襲う(1)

大学生活最初の夏休みに入った。

 

大学生の夏休みは長い。国立大生は、大体8、9月の2か月は夏休みと考えてよいだろう。

 

高校生までは、夏休みと言ってもサッカー部のエース(?)としては、連日のように猛暑下での過酷な練習や試合が組まれていただけに、寧ろ夏休みが恨めしい気持ちがあったが、大学生となって「部活動」から解放されたからには自由の身だ。

 

「自由」は尊いが、自己責任の世界である。大学生となって、初めて獲得した「2か月の夏休み」の「間延びした自由の代償」ということで、初めて「2か月間の暇な日常の海」という危機に直面してしまった。

 

誰かを誘って遊びに行くべきところだろうが、めぼしい友人は実家に帰ってしまったり、はたまた豪気なものはこの機会に豪勢な旅行にうつつを抜かしたりと、どうも自分とは別世界の住人であることが発覚するに及び、この期に及びんで都合よく思い出したのが幼馴染の千春の存在だった。

 

いや、必ずしも都合良くというわけでもない。元々、夏休みには千春の居る西宮に遊びに行くという約束があったのだ。

 

当初は、このチャンスに彼女をものにしてやろうという野心満々だったのは事実だが、いざX大でのキャンパスライフが始まると、あの千春と同等か、むしろそれ以上に魅力的な女子が次から次にと現れて来るのに驚いた。

 

もっとも、千春とは小~高校までの実に12年間に渡って同じ校舎で過ごしてきたせいもあるのに対し、それ以外はどれもがここ最近に知り合ったばかりの顔ぶれだ。千春とは、事実としては小・中・高の12年間一緒ではあったが、こちらとしては小学校時代の千春の記憶は全く残っていなかっただけに、実質的には中学以降の6年間と言うのが正しい。この間、同じクラスになったこと3回。

 

部活は、こっちは男ばかりのむさ苦しいサッカー部で、向こうは中学でバレーボール、高校では女ばかりの合唱部だから、まったく接点がなかった。にもかかわらず、千春との思い出となると様々脳裏に浮かんでくるから、やはり青春時代の6年間を同じ校舎で過ごした実績は大きかった。

 

その千春が、西宮から遥々我がキャンパスを訪ねて来て、その返礼的な感じで西宮行きを約束したのだ。ところが、最大のチャンスと目論んでいたその西宮デートでは、つまらないことで揉めた挙句、喧嘩別れとなってしまった。

 

その後、かれこれ1か月以上が経過していたものの、先方からは何の音沙汰もない。向こうが激怒して帰ってしまった経緯からして、こっちからは声をかけにくいのもあって、気になりながらもそのままになっていた。

 

先にも触れたように、中学・高校時代から彼女の性格はよく知っているから

 

「あの時は激怒していたが、いつまでも根に持つタイプじゃねーし、案外ケロッとしてるだろう。そろそろ訪ねて行ってみるか・・・」

 

と、急に思いついた。

 

元々、ともに関西の大学に入学して下宿したところまでは似たような経緯だったが、当初は明らかに千春の側に熱があったのだ。それが、いつしか彼女が「音楽」の魔力に取りつかれ、今は立場が逆転してしまったのかもしれない。

 

この時も、本来なら電話でアポでも取ってから行くべきだったろうが、なにせこっちは気まぐれかつ、当初の心づもりのまま

 

(いつでも誘いには応じるはずだ)

 

との思い込みと

 

「いきなり行った方が驚くかも」

 

という勝手な考えで、西宮に向けて早くも飛ばし始めてたのである。

 

(この前は想定外の行き違いがあったが、なんだかんだ言ってもオレに好意を持っているのは確かだ。だから突然に訪ねて行ったなら、きっと喜ぶはずだ)

 

などと都合の良い算段を巡らせているうちに、あっという間に目的地に到着した。そこは先日、彼女に教えてもらっていた寮だ。

 

(うん、確かに見覚えがある。ここに違いねー)

 

少し離れた場所にある駐車場に無断駐車し、しばらく建物を観察する。まだ築浅らしい小ぎれいなマンション風の建物だ。単身者用のこじんまりした物件で、大学が寮として丸ごと借り受けているのかもしれない。

 

(そーいや、どの部屋だったかを聞いてなかった・・・外から見ただけじゃ、どの部屋にタカシマがいるのか、サッパリわからんな・・・)

 

恐らくはメールボックスに名札が付いているのだろうが、そこには管理人室のような窓が見えているため、うっかりとは近づけない。当然だが若い女ばかりの住居らしく、ベランダのあちこちから色とりどりの洗濯物が風に揺れている。そんな景色を見ながら、ケータイを取り出して電話をしてみるが、これが一向に繋がらなかった。

 

(さてはアイツめ、お出かけか?

こんなことなら、やっぱアポの電話でもしとくんだったか・・・もしやデートとか?)

 

と嫌な予感が頭をかすめたが、ちょっと近所に買い物に出ただけかもしれぬと思い直し、しばらく待つことにした。無断駐車の駐車場でタバコをふかしながら、時折寮の方に目をやっていると、中から誰かが自転車で出てくる音がした。

 

(もしやタカシマか?)

 

と注目したものの、出てきたのは千春とは似ても似つかぬ小柄なメガネ女子だった。

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